第131話

 満足そうな顔で残ったビールを一気に飲み干すと、すぐに次のビールを注ぎ口元へと運ぶ。二人を包み込んでいるのは新しい命という予感だった。


 翌日、帰宅するなり潤は私の元へと駆けよって来た。


「どうだ?順調か?」

「順調もなにも昨日の今日じゃない!」


 呆れたように言いながら口を突き出すと潤の唇が触れた。絵に描いたような幸せの時間がそこには流れている。お父さんたちにも良い報告が出来ればいい。私はそっとお腹を撫でた。


 

 私の一声に潤がキョトンとしたのはその一週間後だった。


「ごめんって‥‥どういうこと?」

「アレがね‥‥‥来ちゃったの」


 しばしという間に潤も理解したらしい。


「そうか」と一言呟いて視線を落とした。それから顔を上げて、「また頑張ればいいさ」朗らかな笑みを浮かべて潤が声を掛けてくれる。その一言で落ち込みそうな私の心が救われた気がした。


「グアムの射的でも外したのもけっこうあったからな」


 潤も気持ちを切り替えてくれたようだ。そうね、と私も笑った。




 互いの実家にもよく足を運んだ。どちらの家も待っていたとばかりに歓迎してくれる。特にうちのお父さんはライトを灯したように表情を明るくする。それが傍で見ていると面白くて、お母さんと一緒に苦笑を浮かべてしまう時も。


 ただ、自分の倅になったからだろう。潤が外へ一服しに行ったあとは、それとなく苦言を呈すこともあった。


「百害あって一利なしって言うから―――」


 この句もすっかり耳に馴染んだ。潤にしてもどこまで本気で頷いているのかは疑問だ。



 そこへ行くと潤の実家は義父の博之さんも義兄となる聡さんも煙草を吸うから気楽そうに見える。上がり込むなり灰皿を引き寄せてライターの火を点す。


「梨絵さん。お手伝い良いかしら?」


 義姉となった由紀恵さんからの声も、三人並んで立つこともすっかり慣れた。それぞれの実家に行くのは翌日が休みとなる土曜日で、ほとんど毎週のように出掛けている。顔を見せることも理由の一つだが、夕飯の心配をしなくていいので私としてもちょっとだけ楽が出来て有難い。


「でもグアムなんて良いわね。私の時なんか九州よ。どうせ飛行機に乗るんならグアムまで飛んでいきたかったわ」


「それを言ったら私なんか熱海だから。飛行機にも乗ってないって話よ」


 由紀恵さんの声に多恵子さんがすかさず突っ込みを入れ笑い声がキッチンに響く。


「いや~、グアムなんかまで行って水着なんか披露したら皆さんにご迷惑だろう」


 居間から聡さんの声が届いた。慌てて横を見ると既に由紀恵さんの姿は無く、そのすぐ後、居間から叫び声が聞こえた。何事かと手を拭ってから覗き込むと、聡さんの耳が引っ張り上げられている。


「今、ビリって言わなかったか?」


「私にはなんにも」


 由紀恵さんはそう言いながら私に笑顔を向ける。聡さんの前では悪いのでキッチンに戻って大笑いした。

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