第130話

「今日は定時に帰れるから。帰りにちょっとカメラ屋寄って来るけど」


 グアムから戻った数日後、私達は出来上がった写真を見て消えつつある旅の余韻に浸っていた。普段の生活に戻るとまるでそれが嘘のようにも思えて来るから不思議だ。


「今日ね、グアムに行きたいってお客さんが見えたの。だから私達が泊まったホテルを紹介してあげたの」


「そうか。早速仕事で役立ってるってわけか」


 普通なら新婚旅行で終わりだが、私の場合はそれが仕事で活かせる。数日間とは言え良い経験をしたと思った。




―――「八神さん。あとは私と美咲ちゃんとで片付けるから、早く帰って旦那様を待っててあげなさい」


 結婚してから職場の佐々木さんは私をそれまでの名前ではなく新しい苗字で呼ぶようになった。これがまだ耳に馴染みが薄く他人事のように聞こえてしまうことがある。


「そうですよ。あとは私がやりますから。梨絵先輩。あ‥‥‥八神先輩!」


 美咲も私をからかうような台詞を口にして笑う。親しみを込めた目で睨み返してから頭を下げて職場をあとにする。


 今までは多少残業で遅くなってもお母さんがご飯を作ってくれていた。毎日自分で作るようになると親の有難みを改めて感じるものの、面倒どころか慌ただしい生活も私にとっては幸せ以外の何物でもない。潤を待ちながら料理を作っていると自然と鼻歌が出てしまう。


「ただいま!」


「お帰りなさい!あ‥‥ごめんなさい。お風呂まだなの、これが終わったらすぐやるからちょっと待ってて」


 菜箸を動かしながら振り返ると、潤が掌をこちらに向ける。わかったというのではなく、そのままという意味だ。


「共働きなんだから、可愛い奥さんだけに負担は掛けられないだろ」


 上着を脱ぎネクタイを外すとYシャツの袖を捲る。やがて風呂場からシャワーの音と共に鼻歌が聞こえてくる。私も一緒にその歌を口遊んだ。



 カレンダーを見て首を傾げたのは生理が始まるであろう五日前だった。三十日というほとんど正確なリズムを刻む私の場合、必ず一週間前には身体への知らせが来る。それが二日過ぎても何もない。


 海外への旅行も影響にあるのだろうかとその時はやり過ごしたが、二日が一週間になると別の考えが浮かび始める。ただ、早合点は禁物と潤には黙っていた。それとなく話したのは二週間を過ぎた時だった。


「ちょっと遅れてるの‥‥‥アレが」


 グラスを持つ潤の手が止まる。


「って‥‥もしかして?」


 驚きと嬉しさを同居させた潤が私の次の言葉を待つ。顔をどちらに振って良いものかわからなかったので声に出して伝えた。


「まだわからない。でもその可能性はあるかも。なんとなくお腹や胸が張ってる感じがするの」

「ハネムーンベイビーか!?」


「もしかしたら‥‥‥」言い終えてからそっと微笑む。

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