第44話

「じゃ、日向さんも?」


「ええ。今年は有休が取れなかったから次の日になっちゃったんですよ。そうしたら花があって―――。似たようなこと言って笑われそうですけど、私も聞こえたんです‥‥声が」



「そうか」


 ポツリ吐き出した声には確信したという気持ちが表れていた。



 自殺と報じられた時も手向けられた花は多かった。しかし、それが乱暴によるものとニュースに出ると、哀れんだ人も多く訪れるようになり、変哲もないちっぽけな橋が色鮮やかに変わった。ただ、それも年々数が減り、七年経った今では殺風景の小さい橋に戻ってしまった。


「聡子さんの話は時々聞かされてました。まさかこんなことになるとは思ってもみなかったので、他人事のようなアドバイスしか出来なかったんです。それがなんだか今になると悔しくて―――」


 俯いた顔を上げると今度は八神さんがゆっくり顔を振っている。


「日向さんは自分を責めなくて良いよ。妹みたいな良い後輩が居るって、時々デートの時に聞かされてたから。十分支えていたんじゃないかな‥‥‥由佳理を」


 それを聞いた途端、顔を見られるのが恥ずかしくて大きく俯いた。ポタッと音を立てるほどの大粒の涙が落ちた。



「ごめん。泣かせるようなこと言っちゃって」


 私を労ってくれる声も幾分か掠れているようだった。


「お店の人でも突然来たら、別れ話でもしてるのかって驚いちゃうだろうな」


 湿った空気を変えるべく精一杯の笑いを八神さんが浮かべる。


「そ‥‥そうですよね」


 顔を上げた私も出来る限りの笑いを繕った。その笑顔が一つのタイミングにでもなったのか、八神さんは腕時計に目を移し、時間はまだ大丈夫かと尋ねた。私も自分の腕に視線を落としてからこくりと頷く。



「重い話はこのくらいにして、今度は日向さんからいろいろ聞かせてくれないかな。俺の知らない由佳理の話でも」


 洒落たカフェがあるんだと、再び助手席に乗り込んだ私は見知らぬ街の景色を眺めながら、時折運転している様子などを見つめていた。慌てることも無くハンドルを回す手にも余裕が感じられる。たぶん八神さんの人柄なんだろうと思った。



 先輩に触れた手。その手が次に触れるのは―――。


「一度行ってみたいって思ってたんだけど、どうにも男一人じゃ入り辛くて―――」


 気さくな感じで言って私の方をチラッと見る。私は思わず景色を見る振りをして横を向く。なんとなく顔が熱くなったような気がしたからだ。それからそっと息を吐き出す。先輩の話をしに来ただけなのに、時間を過ごすたびになぜか別の感情が湧く気がする。   


 気がする‥‥‥きっとこれは気のせいなんかじゃない。


 ラーメン屋に居た今村さんの時だって考えたら同じだ。結果的には先輩が付き合うようになったけど、元をただせば私が先に好意を抱いていた。


(こういうところってやっぱり似ているんですかね‥‥‥先輩!)


 私はそっと心の中で呟いてニヤリとした。

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