第43話
「それで‥‥自殺を」
しばし考え込んでから、たぶんと八神さんは言った。
新聞には小さい記事で載っていた。
―――河川敷に女性の死体。集団強姦教唆事情聴取後に自殺か。
「事情聴取は取り調べとは違うから滞留義務とか言ったかな。それが無いんで拒否や途中退席が出来るとかで一旦家に帰ったらしいんだよ。もちろん警察も逃亡の恐れもあるからって見張ってたってことだけど‥‥‥どういうわけか逃げられて。警察の失態になるからなんだろうな。その理由については聞きだせなかったって―――。まぁ~、だいぶマスコミにも叩かれてたけどな」
そのニュースなら私も見た。一時期は民放だけではなくMHKでも毎日のように取り上げていた。見るのが辛くてだんだんテレビも点けなくなった。ただし、消したところで記憶まで消し去ることは出来ない。憎悪と悲哀の入り混じった涙を何度も溢れさせた。
そこでようやくライターの音を響かせる。ある程度のことは伝えた。吐き出す煙には区切りのような気持ちが感じ取れた。
「結局‥‥自殺だったんですよね」
「溺死ってことだし、書置きのようなものもあったって話だから―――」
「書置き?」
初めて聞かされる話に少しだけ目を見開いてしまう。
「俺も実際に見たわけじゃないし、関係者から会社の上司が聞いた話なんだけど、自宅にメモが残されてて、それでより自殺が濃厚になったって―――」
「それって遺書みたいなもの?」
私の問いかけに一旦、考える素振りを見せてから八神さんは頷いた。
「そうなるのかな。【ごめん】ってだけ書いてあったって話だからそれが遺書になるのか俺には分らないけど‥‥‥ただ‥‥」と八神さんは眉を顰め、「あいつが自殺したってのは、ちょっと意外だったというか―――」
「えっ?それじゃ―――」
私の声に八神さんは黙って首を振った。
「実際のところ俺にもどっちなのかわからない。残されたメモだってほとんど走り書きみたいだったって言うから、聡子自身が書いたのか―――。いや、きっと聡子だろう。威勢が良かったのはただの空威張りだったんだろう‥‥‥。いずれにしても聡子が死んだことには違いないし、由佳理はもう戻ってこない」
煙草を強く吸い込み、ため息のように大量の煙を口から出し、「ごめん‥‥‥か。あっさりしたもんだよな。だけど元をただせば、俺なんだよ。俺―――」
そこで俯いたまま数回ゆらゆらと顔を揺らす。
「俺がもっとしっかりしていれば―――。そう、電話一本掛けてれば状況は変わってたんだよ。薄情な男さ。由佳理を死なせてしまった責任は俺にもあるんだろう」
「そんな‥‥」と私はかぶりを振る。そして揺れ動く頭の中で初めて聞かされた話を反芻していた。
「今更、何の罪滅ぼしにもならないけど、この前の十三日にも花を手向けに行って来たんだよ。そうしたら、由佳理の声が聞こえたような気がしてさ。もう良いよって。七年目だし俺もそろそろ区切りを付けようかって思ってたせいもあるんだろうけど」
ただの幻聴に過ぎないと八神さんが苦笑を浮かべたのを見て、「それじゃ、あの花は?」
私は橋の脇に置かれた花を思い浮かべた。
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