第49話

「ユリ‥‥ちゃん。いいお名前ですね」


 見えなくなった後姿を追うようにして私はポツリと漏らす。


「親バカって言うか、まあ、正しくは兄貴バカなんですけど、由佳理の名前から二文字取って付けたんですよ」


 徹さんの浮かべた笑みには悲しさも混じっているように見えた。



「そうでしたか。でもなんとなく由佳理さんの面影があるような気がするかしら」

「時々、言われるんですよ」


 徹さんは嬉しそうに笑った。


「そうそう、すっかり忘れちゃってて嫌だわ。実は『花梨』のママの雪子さんとは少しお付き合いがありましてね、いろいろ話を伺ってはいたんですけど‥‥‥。あ‥‥申し遅れました。私‥‥や、山上、山上絵里やまがみえりと申します」


 本名が思わず飛び出しそうになり冷汗が滲んだ。八神と言えば徹さんも面識があるのだから話がややこしくなる。そう思って、チラッと私は徹さんの顔に目をやる。間違いない。私達の披露パーティーに来たのは確かこのくらいの歳だった。とは言え、結婚していたのかまでは聞かされていない。


「山上さんですか。今日はご丁寧にすみませんでした」

「いえ、こちらこそお葬式にも顔を出せずに―――」


 徹さんは何でもないとばかりに手を振ってくれる。実際は出席していたのだけれど、喪失感に包まれていた私はどんなお葬式だったのか記憶はあやふやでしかない。

 

 きっと徹さんも同じかそれ以上のはず。


「ニュースで事件のことを知った時はこんな惨いことがあるのかって、やりきれない気持ちで一杯でした。いえ、そんな生易しい気持ちじゃなかったかもしれません。あの三人を呪い殺したいって心底思いましたから」


 自然と膝の上に置いた手に力が入る。俯いて聞いていた徹さんが顔を上げた。


「俺も同じ気持ちでしたよ。というかこんなこと言うのは不謹慎かもしれませんが、あいつら三人を殺そうと本気で思いましたから」


 当時の感情でも蘇ったのか、穏やかな瞳に怒りが灯った。


「それであとは由佳理のところにでも行こうって―――」


 徹さんはそこで言葉を切ってお茶を一口飲んだ。


「でも‥‥‥そんなことしても由佳理は喜ばないだろうって止められましてね。当時、由佳理が付き合ってた人にです。恋人がいるなんて話も岡山に居たから全く知らなくて。なんでも結婚前提で付き合ってたらしいんですが、それを知ったのも葬式の後で。その方も相当なショックだったはずなのに俺のことを気に掛けてくれて‥‥。ホント、良い人で助けられました」



「その方とは今も?」


 しばらく疎遠になっていることは何より私自身が知っていたが、会話の流れから尋ねてみることにした。


「今は‥‥。互いの顔を見ると傷が痛むんじゃないですかね。それにその方も結婚されて幸せな家庭を築いておられますから。そう、披露パーティーにも呼んでもらったんですが、お相手の方が由佳理の後輩で俺もよく知ってる子だったから驚きましたけどね」


 ここで徹さんは愉快そうに笑い声をあげた。

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