第153話
「こちらには、そのうち何か出来る予定とかはあるんですか?」
私の声におじいさんがキョトンとする。
「なにか?いやネギ以外はやらんよ」
拍子抜けの答えに今度は私がキョトンとした。
「いえ‥‥その建物と言うか」
「建てもん!?そんなもんは出来ねえよ。ご覧の通りの畑だし。先祖代々の土地でもあっからおいそれとはなあ。そうは言っても面倒見てんのは俺しかおらんし、ご覧の通りの爺さんなもんでいつまで出来るかって―――」
話の調子から跡を継ぐ人はいないらしい。おじいさんの浮かべる苦笑いは年季の入ったものだった。
「それなら土地を売らないで貸せばいいんじゃないかしら。そしてマンションとか建てたらおじいさんだってお金がもらえるだろうし」
私の話を耳にしておじいさんが素っ頓狂な声をあげる。
「マンション!?あの何十階もあるやつかい?」
「違うわ。マンションって言っても平たく言えばアパートみたいな感じかしら。ここは静かで場所も良さそうだから、そのうち専門の建築屋さんとかが打診に来るかもしれないわよ」
「マンションねえ。そんなもんかねえ」
おじいさんは時折汗を拭って辺りを見回す。
「田舎もんにはピンと来んけど、都会のおねえさんの話じゃ、まんざらおとぎ話でもないんじゃろうなあ」
麦わら帽子に一度手を運んでからおじいさんは耕運機を始動させる。私は軽く会釈をしてその場から歩き始めた。どういう経緯になるかはわからないけれど、先ほど話したことはいずれ現実になる。
ただ、私達が十年という時を過ごしたコーポがここに建つと言っても、あまりに非現実過ぎてそれこそおとぎ話に聞こえるはず。耕運機の音を耳にしながら、その時もまだおじいさんが健在であって欲しいと願った。
それにしても‥‥‥。
どれくらいの時が戻ったのだろう。すっかりコーポの話に気を取られて訊けず仕舞いになってしまった。
「訊くって言っても‥‥‥今何年ですかって、やだっ!」
我ながら間抜け過ぎて笑いが出た。それこそ、おねえさん大丈夫かいって言われるに決まってる。そこまで考えた時、足が地面に貼り付いた。
「そうだわ。おじいさんの歳を訊けばいいのよ」
消えかけた明かりを再び顔に灯して振り返った瞬間、私は愕然となって声を漏らす。
「ここって‥‥‥」
耳にしていたはずのけたたましい音が全く聞こえない。それどころか赤い耕運機も畑も消えている。もしやと私は慌てて身体を捻る。既に四方八方が見知らぬ景色と化していて時間の次に場所も移動したのだと気持ちを一旦整理した。
こうなるとあとはもう足任せしかない。どこへ行って何が起こるのか。歩調の二割は期待で八割は不安である。
周囲を伺いながらセンターラインのない一車線道路を歩いていく。二階家が多く時には平屋もある。真新しい住宅がないことから昔ながらの住宅地という印象だ。
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