第111話
着席した人の前には次々と手際よく料理が並べられていく。この日のために臨時でお願いしたスタッフもいるのだろう。離れた位置にある私達のテーブルにも料理が運ばれてくる。ざわついた店内を見回すと紗枝ちゃんの隣以外に空席は見られない。
「それでは御来賓の皆さまもお揃いになられたようですし、予定時間まではまだ五分と二十秒ほどございますが―――」
マイクを掴んで喋り出した途端、店内にドッと笑いが起こる。この辺りは潤が太鼓判を押しただけのことはある。私も一緒になって笑った。
「本日の司会の大役を務めさせていただきますのは、新郎の会社の同期でありながら新郎よりも給料が安い吉岡と申します―――」
ここでどこからかヤジが飛ぶ。きっと潤の会社の人だろう。
「たいへん長らくお待たせいたしました。ただいまより、え~、何家でしたっけ?」とここでもヤジと笑いが。
「失礼いたしました。それでは八神家、日向家、ご両家の結婚披露パーティーを開宴させていただきます」
店内が拍手で包まれる。並んで立っていた潤と私は深々と頭を下げる。心地よい緊張とはこういうのだろうかと周囲に目を向ける。式場でウエディングドレスでも着て入場したらさらなる緊張に包まれていたに違いない。レストランにして良かったと私は笑みで語った。
「なお、本日は新郎新婦のご要望により堅苦しくない宴にしたいということですので、御来賓の方よりのご祝辞は一分未満でお願い申し上げます」
用意していた紙を見ていた潤の会社の人だろう。「おいおい!」と思わず声をあげ、再び笑いが起こる。潤も肩を揺らして笑っている。私も可笑しくて口を押さえた。
指名を受け潤の会社の上司の
「本当に一分なのか?」困り顔の桜井さんに再び笑いが広がる。
実際は一分ではなかったものの、気を遣ってくれたのだろう。桜井さんは割と短めにまとめてくれた。
より楽しい宴にする意味で乾杯の音頭は後輩の美咲にお願いすることにした。当然、話した時は困惑していた。最終的には二十年のベテランである佐々木さんに説得されたようだ。
指名を受けた美咲がシャンパングラスを持って私達の横まで歩いてくる。歩き方がなんだかぎこちない。普段の式では見たことのない若い女性の登場に、「お~っ!」と店内がざわめく。するとどこからか掛け声が飛ぶ。
「美咲ちゃん!可愛い!」
たぶん、潤の友達なのだろう。そんな一声で美咲の緊張は最高潮に達した。
「そ‥‥‥それでは鮮烈ながら―――」
「僭越よ」
佐々木さんが笑って声を張り上げる。ドッという笑いが起きる。チラッと視線を移すと美咲の顔は既に酔っぱらったように真っ赤だ。
「そ‥‥それでは潤さん、梨絵先輩、ならびに両家の皆さま、本日は誠におめでとうございます―――」
そこまで言って美咲は眉を顰めた。他に話そうと考えていたことが飛んでしまった。一緒に仕事をする私にはそう見えた。
ちょっと可愛そうになってしまった。
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