第83話

 先輩と茜さんに会おうと思っていたのに、とんだ思惑違いになってしまった、と私は救急車が去った方角に向かって手を合わせた。


 歩き出してもサイレンの音が鳴り続けている気がした。それに同調するように心臓がドクドクと音を立てている。


 落ち着かせるために何か違うことを考えなければ‥‥‥。


 私は暗くなった舗道を見つめながら目を閉じ遠い記憶を呼び起こした。





 一つになれなかったことに責任でも感じたのか、十二月もあと数日と押し詰まった二十九日。私は再び潤のアパートに招かれた。いつもとはやや異なる様子の潤を見て、年内に片付けてしまいたい焦りにも似た何かを感じ取っていた。


 もちろん、ここへ来た私も同様だったかもしれない。年を跨ぐのはなんとなくゲンが悪い気がして、お気に入りの下着でその時を迎えようと準備を整えていた。


 食事を済ませてからの流れはほぼ前回と同様。違っていたのはプレゼントが無いことくらい。ただし、潤からもらったネックレスはきちんと着けて来ている。丁寧にネックレスを外してからは慌てることもなく私の服を脱がせていく。時々、何度か唇が重なる。ブラとショーツの状態になると、潤もトランクス一枚の姿になり身を寄せて来た。


 潤の舌が身体を這う。気が付いた時には二人とも何も纏っていなかった。とは言え、音の気配から潤自身だけは感触の薄いものを一枚纏っていたに違いない。



 今夜は‥‥きっと大丈夫。


 潤の体重を感じてそっと私は迎える準備をした。二度目と思いながらもやはり興奮しているのは隠せない。私は口元に手を運んだ。扉がノックされる。いよいよその時を迎えると思った直後、私は痛みで顔を歪ませる。電気がビリッと流れたみたいだった。そんな顔を見られたのだろう。潤は動きを止め、「大丈夫?」と優しく声を掛けてくれた。


 痛みは一瞬だけだったのでコクッと頷く。するとまた波のような揺らぎが始まり、今度は先ほどとは明らかに違う電気が身体に流れ、私の背中は弓なりに反った。几帳面を思わせるリズムがどれくらい続いたのだろう。一番熱くなっている部分に特有のうねりを感じた時、潤は息を荒げて私の上に倒れ込んだ。私はそんな潤の鼓動を素肌で感じ、この上ない幸せを感じていた。本当の恋人になれたのだという実感だ。


 常夜灯だけが照らす部屋にあるのはささやかな息遣いだけで、しばらくの間、会話らしい会話はなかった。仰向けになった潤の胸の上に顔を載せて私は余韻に浸っている。それだけで何か会話が成立した気がする。


「この九十年って年は特別な年になる気がするよ」


 呼吸に落ち着きを取り戻した頃、潤が囁く。数メートルも離れていたら聞こえないような声だった。


「私も‥‥」


 自分の声も届いたのか心配になる大きさだった。


 潤が一つ笑いを漏らす。その拍子に私の顔が揺れた。


「なんだかホッとしたよ。今日もダメだったらどうしようかって思ってたから」


 それ目的だけの昔の彼と違うナイーブな部分が私の心をより強く引き寄せた。潤の目を一度見てから私はそっと顔を寄せた。

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