第113話
「ホント、こんなお店があるなんて知らなかった。今度彼と来ようって、さっきも話してたところなの。ね~!」
「ね~!って、あなた彼なんか居ないじゃない」
「そうだった。じゃ、今日見つけて帰ろうかな」高校時代の友達でもある
隣のテーブルは潤の友達が集っていて、一人や二人は独身がいるかもしれない。ひとしきり話してから隣のテーブルに移る。
端から回した写真がここまで来ていた。男友達五人がそれをニヤニヤしながら眺めて、時折、本人が来たとばかりに顔に目を向ける。お決まりの挨拶を交わした後で、
「だいぶ、八神が良い男に撮れてるじゃね~。修正頼んだだろ?」
メガネの男性が写真を見ながらわざとらしく首を傾げる。
「見た目そのまんまだろ」すぐさま潤が笑いながら反論する。
「良いよな~!こんな若くてかわいい子もらうんだから。俺も結婚したくなっちゃったな~」
別の男性が目を輝かせて私を見つめる。嬉しいやら照れ臭いでやら困ってしまう。とりあえず顔だけは横に振っておく。
「結婚って、お前奥さんがいるだろ。チクっちゃうぞ!」
髪の長い男性が間髪入れずに突っ込む。一同の笑い声が店内を賑わせた。私も一緒になって笑う。皆明るくて楽しい人ばかりだ。亜実ちゃんも来て欲しかったと私はポツンと空いた席に目を向けた。
一通り挨拶を済ませてからは自分たちの席に戻って色鮮やかな料理に舌鼓を打った。腕によりを掛けたというだけあって、どれも普段は口にしたことのない味ばかり。とにかく美味しいとしか言えない。
「それでは宴もたけなわでございますが、ここで新郎新婦より来賓の皆さまに一言ご挨拶があるとのことですので、食事中の方は一旦お口に入れたままでお待ちいただけるようお願い申し上げます」
色鮮やかなデザートが運ばれたタイミングで、吉岡さんがマイクを握ると騒がしい店内が徐々に静まり返っていく。ナイフとフォークを手から離した私達はスッと立ち上がって全身が見えるようテーブルの前へと移動した。
潤が吉岡さんから受け取ったマイクを少し離して咳払いを一つする。私は店内の床に視線を落とした。
「え~、本日はご多用の中、二人のためにお集まりいただきまして、ありがとうございました。このような思い出に残る披露パーティーができたのも、ひとえに皆さまのおかげと心より感謝申し―――」
潤の言葉が突然途切れる。
何かの異変を察して顔を上げた時だった。私の瞳は右奥のテーブルを見て大きく見開いた。そしてすぐさま顔を両手で覆う。まるでダムが決壊したかのように大粒の涙が溢れ落ち、視界に映っていた光景が一瞬で歪んだ。
何事が起ったのかと目の当たりにしたすべての人が口を噤む。やがて静かだった店内が俄かにざわめき出す。
「すみません」辛うじて言葉を出して潤は来賓に背を向けた。
小刻みに震えているのが隣でも感じる。マイクが潤の声にならない息を拾う。涙目のまま潤を見る。潤は必死で堪えようとしていたが、泣いているのが分かった。
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