第125話

 タクシーで宿に戻ってからは水着に着替えて海へ向かった。


 グアムの代表的なタモンのビーチも目と鼻の先だったが、人のいないところでのんびりしようとホテル前を選んだ。ここもいうなればタモンの一角で透き通ったエメラルドグリーンの海が目に鮮やかに映る。泳いでいる人の姿はなく、まるでプライベートビーチのようだ。降りそそぐ太陽で肌がジリジリする。


「なんだか貸し切りみたいで良いな」


 白い砂浜に腰を下ろして潤が私を見る。私というよりも見ていたのは水着だったかもしれず、怪しげに潤を睨み返した。


「いや、肌の露出が多いなって」

「しょうがないでしょ。ビキニなんだから」


 そう言って私は透き通った水に足を踏み入れる。十分に太陽に照らされた遠浅の海は冷たいというよりも心地良いくらいだ。しかし、ウキウキしていたのは膝下辺りまででそこから先は足が進まなかった。


 私を追い抜いてから疑問の表情で振り返った潤は、私が指を差すよりも先に、「うわっ!?」という声と共に片足をあげた。そして腰をかがめるようにして足元に目を凝らす。



「これか!?」


 目よりも足が先だったので驚いたのだろうが、その目は徐々に好奇なものへと変わっていき、海中に潜む黒くて長いものを拾い上げた。ナマコだった。


「こうしてみるとグロテスクだな」

「嚙みつかないの?」


「いや、案外大人しいもんだよ」しげしげとそれを眺めて潤は微笑んだ。潤の足元周辺には数えきれないほどの黒い影が見える。


「こんな見た目の悪い奴が奇麗な砂浜作りに貢献してるっていうんだから、考えたらおかしな話だよな」


 好き好んでこんな姿になったわけでもないのだろうから、ナマコが喋れたら心外だと怒るかもしれない。そっと元の位置に戻すとナマコを踏まないようにして潤は私のところへ戻って来た。それから私達は白い砂浜に腰を下ろして絵葉書のような景色をしばらく眺めていた。



 人の気配に視線を向けると、年齢を重ねた二人が手を繋いで私達の後ろをゆっくり通り過ぎていく。日本人ではなさそうだが、旅行者なのか地元の人なのかまではわからない。仲睦まじい姿からたぶんご夫婦に違いない。


 グアムに流れる穏やかな時のように、二人は歩調を合わせて白い砂の上を行く。見ているだけで微笑ましくなってくる。


「素敵ね」私は後姿を見て呟いた。


「そうだな。俺たちもあのくらいになったらもう一度ここを歩こうか」


 潤の提案も老夫婦の後姿に負けないと思った。



「このホテル前のビーチは眺めてるくらいが良さそうだな」


 陽射しに照らされていた身体がジリジリし始めた頃、潤が私の手を引いた。何も泳ぐところは海だけではないと、ホテルにあるプールに向かった。ビーチから歩いても一分と掛からない。


 周辺にヤシの木のあるプールはトロピカルドリンクが似合いそうなほどお洒落で、日本のように混みあっていないところも贅沢な感じがして良い。数組のカップルが水しぶきを上げたりプールサイドで休んだりしていて、迷惑にならないよう静かに水の中に身体を沈める。


 それほど深くはなかったものの、やっと端で私が立てるくらいだから、真ん中あたりでは足が届かないかもしれない。身体が火照っていたのでとにかく水が気持ち良かった。


 潤は完全に水中に潜ってから笑顔で心地良さを表現した。それから中央付近へと向かって泳いでいく。私も多少は泳げるので後を追った。



 いつまでも潤に着いていくと言わんばかりに‥‥‥。

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