【秋006】自称神さまの幼女が俺の家に居候してた時の件
ある日突然目の前に和装の幼女が現れて、こう言った。
「わたくしは秋の神さまです。今年の秋はこちらのお宅で過ごすことに決めましたので、よろしくお願いいたします」と。
『なんのこっちゃ』と俺は思う。
幼女である。真っ黒な美しい髪を束ね、大きな目は潤み、ちょっと重そうな着物を羽織った愛らしい幼女である。
対して、俺はただの社畜である。久々の休みを満喫し、一日を何もせず溶かしただけのおっさんである。
「……親御さんは?」
「わたくしは神です」
「いくつ?」
「わたくしは神ですので」
泣きそうだ。もうこの歳になると思いがけないアクシデントとかハプニングに遭遇した時、焦るとかイライラするとかじゃなくて泣きそうになっちゃうんだおじさんは。
「とにかく、こちらのおうちに泊めていただきたいのですが。もちろんお礼はご用意しております」
「どのような……?」
「不老不死の霊薬です」
「いらねえ!! 家泊めただけでそれは重すぎる!!」
「いらないですか……? そうするともう、わたくしの持ち物といえばこの薬を入れていたカゴとかしかないのですが」
「いや全然そっちでいいですし……」
「では、泊めてくださるのですね?」
泊めることになってしまった。
この状況、通報されたら俺捕まるのかなぁと思いながらも幼女の寝泊まりする場所を作る。幼女は『アキ』と名乗り、ちょこんとテレビの前に正座していた。
明日にでも警察に連れて行くことにして、とりあえず俺は幼女に食わせる飯の心配をしていた。
三十を過ぎた男の一人暮らし。冷蔵庫を開けたところで、子どもが喜びそうなものなど何もない。俺は恐る恐るアキに「あのぉ、何か食べたいものありますか?」と伺いを立ててみる。
「いえ、あなたが普段召し上がっているものがいいです」
「左様ですか」
本人がそう言うならと、俺は冷蔵庫の中身を綺麗にする用の料理を作り始めた。
焼き茄子、秋刀魚の塩焼き、きのこの炊き込みごはん、野菜スープ、かぼちゃのプリン。
「……お仕事は何をなさっているのですか?」
「普通にサラリーマンで、営業ですけど」
「もしかして職業選択をおまちがえなのでは」
大変おいしゅうございます、とアキが言う。それは何よりですと言いながら俺も炊き込みご飯をかき込んだ。
翌朝も残り物で簡単に済ませ、俺は重々しく口を開く。
「ええっとアキさん、今日は一緒に行っていただきたいところがあるのですが」
「交番ですか? 行ってもいいですが、その場合はあなたに誘拐されたと主張します」
「なんで!?」
「こちらに置いてくださる分にはわたくしは無害です」
控えめに言って脅迫である。どうやら一切の拒否権はないようだ。
どうしたもんかと思いながらも、日常は変わらず送らなければならない。具体的に言うと、俺は仕事に行かなければならないのだ。
「じゃあ……俺は行きますけど……冷蔵庫におにぎり入ってるんで食べてくださいね……」
もう一晩くらい泊めてやれば、彼女の気も済むだろう。なんせ本当に何の面白みもない会社員の一人暮らしなのだ。
などと甘いことを考えていた時もありました。
それから一週間が経ち、アキは未だに俺の部屋にいる。何が面白いのか全くわからないが、ずっといる。
「今夜のお食事は、天ぷらがいいです」
「はいはい」
「それからたけのこご飯と鮭のホイル焼きと鶏団子のスープとカボチャのプリンがいいです」
「いやいやいやさすがに多すぎでしょ。それ全部今から作るの? 俺」
「一つもゆずれません」
「我儘だなぁ」
「かくなるうえはあなたに不老不死の霊薬を飲ませます」
「謝礼として用意してあったはずのものが脅迫の材料になっている……」
仕方がない。今日は仕事も休みだし、ここまで期待しているのなら手を尽くすことにする。「あ、お団子もお願いします。お団子も欠かせませんので」とアキは言う。カボチャのプリンと団子まで食うつもりかよ、と俺はかなり呆れる。
食事を終えた後の自分の腹を撫で、アキは「やればできるではないですか」と言い放った。
「頑張りましたよ」
「さすがです。わたくしの期待に応え続けるのはあなたくらいのものです」
「どんな我儘放題で暮らしてきたんだ……」
それからアキは山盛りの団子が載った皿を抱え、縁側までてくてくと歩いて行く。それを追いかけていくと、自然に隣同士座ることになった。
随分と月が丸い。「今日は十五夜ですよ、ご存知かと思いますが」とアキは言う。
「……不老不死の霊薬、本当にいらないのですか?」
「うーん……。いらないかな。俺だけ長生きしてもしょうがないし」
「それはこの星の人々がみな短命だからですね? あなたの知らない世界で、不老不死は当たり前です。苦悩など何一つありません。あなたが望むなら、そのような世界へお連れすることもできます」
黄色い月をぼんやり見ながら、俺は別に深く考えたわけでもなく「それって楽しい?」と尋ねていた。アキは何も答えない。
「変わりませんね、あなたは」
そう呟く彼女の声が妙に感じられて、俺は隣のアキを見る。俺の腰ほどだったはずの彼女の背丈はぐんと伸びて、その目線はぴったり俺と合っている。
真っ黒な美しい髪と、大きな目はそのままで、彼女は大人になっていた。
俺は絶句して、ただ彼女のことをじっと見る。
「一つ謝らなければなりません。私は神さまなんかではないのです。だけれど同じことでしょう? あなたは私の正体がなんであれ、同じように接してくれました。今までの、どの世でも」
「君は……」
「迎えが来たようです。本当にこの一週間、お世話になりました」
立ち上がった彼女が、重そうな着物を引きずりながら俺に顔を近づける。そっと口づけをして、微笑んだ。
「左様なら、今生ではここで。またお会いしましょう」
小さく手を振った彼女が、俺に背を向ける。俺が何か言う前に、アキは駆けていく。
着物を一枚、また一枚と脱ぎながら。すっかり薄衣一枚となった彼女が消える。
その後でうっすらと2,3人同じ着物の女性がこちらに頭を下げてやはり霧のように消えていった。
当惑しながら、俺は部屋に戻る。全て、夢だったのだろうか。
そこには彼女が持ってきたはずの竹細工の籠が転がっていて、俺はもう一度月を見上げた。
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