【冬004】雪の記憶
ある日、空から雪が降ってきた。
それは雪と呼ばれたけれど、あの雪ではない。白くて雪のように空から降ってきたけど、雪のように溶けたりせずに降り積もり続けた。
人間はもちろん、それに抗った。降ってくる雪を取り除いたり、そうやって取り除いた雪を
海や山に捨てたり、そうやってなんとか日々の生活を続けようとした。
でも無理だった。人間の活動が追いつかないほどに、雪は振り続けたのだ。
その雪がなんなのか、当然研究された。けれど、その雪の正体はわからなかった。有機的な、なんらかの生物の死骸だというのが、有力な説だった。しかし、それがなんの生き物なのかはわからなかった。それがどこから来たのか、ということも。
対処方法も研究されたけれど、振り続ける雪の影響をなくすほどの効果的なものは見付からなかった。
人間は、それを冬と呼んだ。雪が降るから冬。人間の終わりだから冬。
車が使えなくなった。電車も止まった。食べ物も尽きた。あとは死ぬばかりだ。
すでに、降り積もる雪に押し潰されて死んでいる人も出ていた。家が潰れることだってあった。
地下に逃げ込む人もいた。けれど、そこだっていずれ食べ物は尽きる。雪に押し潰されるか、飢えて死ぬかの違いしかない。
飢えて死ぬのはきっと苦しいだろう。でも、雪に埋もれて死ぬのも、楽ではないかもしれない。僕はどちらにするかも決めあぐねていたけれど、ついに部屋にあった食料が尽きてしまった。
仕方なく、僕は部屋を出ることにした。
部屋から出るのは大変だった。アパートの二階の窓からだって、積もった雪をかき分けて、よじ登って、ようやく出ることができるくらいだった。
積もった雪はさらさらと崩れて、手も足も埋まって動きづらいことこの上ない。そうやってかき分けた雪が開いた窓から部屋に流れ込むのが見えたけど、もう部屋に戻れる気もしなかったから、窓を閉めることもしなかった。
雪の上に、膝や腿まで沈み込みながらようやく立って見渡した。一面真っ白で、静かで、動くものは空から舞い落ちる雪以外には何もなかった。
ところどころに、雪が膨らんでいるところがある。きっとあれは、背の高い建物か、それが崩れた場所なんだろう。
雪を掻き分けながら、僕は雪原を進んだ。そんな僕の頭にも、肩にも、雪は降り積もってゆく。時折頭を振って、肩を払うと、体が軽くなった。そのくらいには、雪は重いものだった。
振り返れば、僕が通って来た跡すら、もう新しい雪に埋もれ始めていた。僕の部屋がどこかは、もうわからない。
仕方なく、ただ前を向いて進む。
そのうちに、埋もれながら進んでいた足が重くなってきた。しばらくの間、部屋の中に閉じこもって暮らしていたから、体力はだいぶ落ちていた。
重たい雪に、足を取られて前のめりに倒れ込んだ。そして、倒れた僕の体にも、雪は降り積もる。
きっとこのまま雪に押し潰されて死ぬのだな、と思った。もしかしたら、埋もれて息ができなくなるのが先かもしれない。
でもきっと、あのまま部屋にいても同じことだった。そう思って目を閉じる。
降り積もる雪の感触に身を任せているうちに、宇宙を漂う夢を見た。果てしない宇宙空間。広がる真っ暗闇。
感じるのは、遠い微かな重力。
わずかな重力に身を任せて漂っているうちに、気付けば地球に辿り着いた。そして、力尽きる。今の僕のように。
この夢はきっと、あのまま部屋に閉じこもっていただけなら見ることはできなかっただろう。そう思えば、こうやって雪原の中で力尽きるのは、そんなに悪いことじゃないような気もした。
雪は地球に辿り着いて力尽きたのだ。そして、人間も力尽きる。ただそれだけのことだった。
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