【冬005】エラと魔法使い

 目を怒らせた継母が、「エラ!」と私のことを呼んでいる。

 どうやら掃除をサボったのがバレたらしい。

 お小言を言って去っていく継母の背中を見て「はぁ、継母ウザ……。後で寝室の鍵穴に蝋溶かして流し込んじゃお」と私は呟く。


 外に出て、思わず身を震わせる。一面の銀世界に、ため息をついた。

 この凍てつくような冷たい外で、井戸の水を汲まなければならない。私は「くそダル……」と言いながら井戸に近づく。


「随分と口の悪いお嬢さんだな」


 驚いて振り向くと、そこにはフードを被った男が立っていた。私は軽く会釈をして、それを無視しようとする。

「お嬢さん、舞踏会に興味はないかい」

「ブトー会……? 私、宗教はちょっと……」

「マジかこいつ」

 男は呆れて私を見ている。正直ムッとして、「てかあんた誰?」と私は尋ねた。


「俺は当代一の魔法使いだぞ」

「うわぁ」

「うわぁって何だよ」


 魔法使いを名乗る男が空咳をする。

「いいか? 舞踏会というのはつまるところパーティーだ。王国主催のな」

「なんで私がパーティに」

「説明しよう。時は数年前まで遡る……」

「その話、長くなります?」

「その頃魔法使いたちは、覇権争いのために毎日激しい殴り合いを続けていたが、ある日王国からこのようなお達しがあった。『王子にふさわしい婚約者を見つけてきた者を、この国いちの魔法使いとして殿堂入りにします』と」

「殿堂入りって何」

「なんかよくわからんが名誉だ。殴り合いに嫌気がさしていた俺たちはその話に乗った」

「そもそも魔法使いがなんで殴り合いしてんの? 魔法で競いなさいよ」

「そして、各々の魔法使いが一年に一度婚約者候補を連れてくる夜。それが舞踏会というわけだ。わかるか? 世はまさに大婚活時代」

 私は腕を組み、「私のこと王子の婚約者にするつもり? 興味ないんですけど」と自称魔法使いを睨む。

「タダ飯が食えるぞ」

「乗った」

 よし来た、と魔法使いが鞄からするすると布を出す。

「何それ」

「これは俺が3日かけて縫ったドレスだ」

「魔法は??」

 こういうのは魔法じゃないんだよ、と魔法使い(?)が言う。仕方なく着てみるとサイズが合っていなかったので、その場で手直しし始めた。こいつ絶対魔法使えないだろと私は思う。

「私一応乙女なんでそんなベタベタ触らないで貰えます?」

「安心しろ。俺はお前みたいな小童、眼中にないぞ」

「あなたおいくつ?」

「318歳」

「うわぁ……」

 なんで年齢だけそれっぽい設定なんだろう。他は魔法使い要素一切ないのに。

 とにかくドレスは何とかなったので、それから私は普通に馬車でお城へ向かった。




 

 お城の中には、色とりどりのドレスを着たご令嬢が食事とダンスを楽しんでいる。思えば私はダンスなどしたことがないので、とりあえず料理に手をつけることにした。

 やがて灯りが消え、前方だけ僅かに光る。

「ようこそ、皆さん。僕のために集まってくれてありがとう」

 王子かな。かなり王子っぽいな。


「さて、今日の参加者には心の綺麗なお嬢さんはいるのかな」


 そう、王子が言った瞬間に声が流れ込んできた。一つや二つじゃない。たくさんの、さまざまな声だ。

『何? あの子のドレス。田舎者丸出しなんだけど』

『あの女ムカつくわ。足引っかけてやろうかしら』

『この肉うめえ~~~タッパー入れて持ち帰れないかな』

『聞いてた通り根暗な王子ね』

 周囲が騒然とする。そこに恐らく、が含まれていたからだろう。

『王子が人の心を読めるなんてただの噂じゃないの!? こんな大勢に聞こえるようになるなんて!』

『田舎者丸出しって……もしかして私のこと?』

『この肉もうめえ~~~~』


 ふう、とため息をついた王子が「やっぱり人間なんてみんな似たり寄ったり、心の醜いものばかりだ」と呟く。しかしふと、「なんか料理のことしか考えてない娘いない?」と顔を上げた。

 それからつかつかと私の前まで近づいてきて、「ねえ君……」と話しかけてくる。

「……」

「あれ、何も聴こえない。無?」

「…………」

「ねえ君、聞こえてる?」

 私はフォークを置き、手を拭いて、王子の横っ面をぶっ叩いた。叩かれた王子は呆然としている。


「気分悪いんですけど」

「へ……?」

「人間なんて丸裸にしたらそりゃ弱くて浅ましくて醜いよ。そんな自分が嫌で、ちょっとはまともに見える皮を被って生きてんのに、それを無理やり剥がして笑いものにして、じゃああんたはどんだけ出来た人間なわけ? 気分悪いんですけど」


 呆然としていた王子が、「と……」と口を開く。

「捕らえろ!!」


 私はお城を出て、雪道を馬車より速く走った。最後まで料理が食べられなくて残念である。

 後ろを見たら、なんかクソでかいゴーレムみたいなのが追ってきている。現実逃避しかけた。


「なんで君、舞踏会に行ってゴーレムに追いかけられる羽目になってんだ?」


 声のした方を見ると、例の魔法使いが箒の上で足を組みながら宙に浮いている。私はびっくりしすぎて足を滑らせた。雪道で歯止めがきかず、そのまま5メートルぐらい滑る。

「なんでかな! 私にもわかんない!」

「しょうがねぇじゃじゃ馬だ」

 呆れた様子で魔法使いは降り立ち、私の頭の雪をはらいながら「雪かぶり姫め」と呟く。私が「てか箒に乗って飛ぶとかそういう芸当が出来たんだ」と指摘すると、「当たり前だろう」と彼は言った。


 それからゴーレムに向き直った魔法使いが、拳を握る。


「俺は、当代一の魔法使いだぞ」


 ゴーレムが粉砕される瞬間を目撃し、私は思わず「魔法は~~~~!!?」と叫ぶ。

 魔法使いは私を担いで箒に乗り、高度を上げた。下の方から誰かが、「出やがったなジジイ!!」とこちらを指さして怒鳴っている。あのローブからして、あの人も魔法使いだろうか。

「何が“当代一の魔法使い”だ!! くたばれジジイ!! いくらなんでも“当代”が長すぎるだろうが!!」

 私をしっかり掴みながら魔法使いが「そんなこと言われても……」と呟いた。それから光の速さでお城を離れていく。




 それから数日が経ち、魔法使いは言った。「君が落としたガラスの靴を持って、王子がこの辺を探し回ってるらしい」と。

「やっぱ処刑される? 私」

「いや、どうも君に惚れたらしい」

「え、なんで???」

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