【春016】穴【ホラー要素あり】
シェルター内の電灯が切れた翌日、
鼻梁に乗せた眼鏡も見えない、密閉された暗い穴倉。
食料と水も多少は残っていたが、今外に出るべきか。
手探りで壁の
真昼にしては薄暗い日差し。
七色の雲から薄っすら透けた曇天の陽光。
熱波は過ぎ、氷河期の寒さもない。
生物など死に絶えたと思っていたが、遠くから鳥の声も聞こえる。
地上部は消滅したのか、意外に軽い瓦礫を脇によけて這い上がれば、生暖かい風が頬を撫でた。
昇降口からの光を助けに食料を鞄に集める。
この穴倉ともお別れだ。
持ち込んでいた楽器を回収しながら、私は半年前の日を思い返していた。
☢
「速報です。
先程、株式会社
また、落下予想地周辺の複数の団体がそれに対応し、それぞれ保有する核ミサイルを発射。
連鎖的に世界中の核保有企業、核保有国がミサイルを一斉放出した模様です。
地球は順次滅亡する予定となります」
投げやりにニュースを読み上げるキャスターを見、私もテレビを消して体を伸ばす。
遅かれ早かれ、こうなると判っていた。今更慌てるまでもない。
小・中・高の防災週間で何度も、核ミサイルによる世界滅亡シナリオは訓練済み。
暴力や盗み等の罪を犯さず、安易な終末論に奔らず、自暴自棄になって死んだりしない。
合言葉はおはしだ。
実家は遠く、電話回線もパンクしていたので、とりあえずツイッターに「世界滅亡なう」と呟く。
直後試しに「"世界滅亡なう"」で検索すると同内容のツイートが無限に並び、恥ずかしくなってツイ消しした。
父母が子供の頃、核保有国はたった8国だったらしい。
それがある時期から、我も我もと各国が核兵器を持ちたがり、国連加盟国の3割が核兵器を持った頃には、民間企業も核保有権を主張した。
友達やライバル、仮想敵、憧れの人。他の誰かが核兵器を持てば、自分だって欲しくなる。
今では
多くの核ミサイルがあれば、多くの発射ボタンも存在する。
ボタンを持つ誰かが、1人でも自制心を失うか、精神を患えば、簡単に世界が滅ぶ。
ボタンが増えるほど
今日はたまたまゼミも講義も休講で、自宅にいたのは幸運だった。
このマンションは地下に、各戸ごとの家庭用核シェルターが用意されている。
非常食と水は管理会社が用意しているが、量は最低限。持ち込むのはスマホと充電器、現金、手近な食料。
少し悩んで、ウクレレとタンバリン、縦笛も引っ掴む。音楽は暇潰しになるだろう。
私はミサイルが落ちる前にと急いで地下に向かった。
3〜4人世帯向けのシェルターは1人で入るにはやや広い。
食料や飲料水は3人で2ヶ月分、4人で1ヶ月半。
平日の昼間だから、住人の姿は少ない。
互いに名前も知らない入居者同士、軽く会釈をしてそれぞれの
私も自分のシェルターに入ると、出入口を閉じて、この新たな住居たる穴倉を密閉した。
☢
シェルター内はそれなりに快適だった。寝起きするだけの場所としては。
マンション地下に非常電源用の核融合炉があり、明かりや冷暖房には困らない。
通気孔から若干変な臭いがするものの、1週間もすれば慣れてしまった。
風呂は無理でも、
一応ネット回線もあり、ラジオに、小さなテレビ端末もある。ネット回線は数分で断絶し、ラジオもテレビも微かな雑音を流すだけなので、初日以降はつけていないが。
唯一、外部からの情報を得られる機器は、
これを眺めるのが私の日課だが、ほとんどの日は針が振りきれており、あまり変化はない。
私はひたすら楽器の練習を続けた。
弦楽器は
譜面もなく、記憶を辿って手探りで音を確かめていく。
それでも楽器を持ち込んだ私自身の英断を、私は称えたい。
音楽がなければ退屈で気が狂っていたと思う。
縦笛の音を
それからもう1ヶ月でゲーム音楽、流行曲も弾けるようになった。
更に1ヶ月、調子に乗ってタンバリンでリズムを加えていく。やはり
もう2ヶ月もすると、笛と弦のハーモニーでそれなりに格好が付くようになった。
☢
そして現在。
気付けばシェルター生活も半年。
2~3ヶ月程度の滞在を想定されたシェルターで、半年も電力が保ったことにむしろ驚く。
利用者数が想定より少なかった故か。
最後に調べた時も、放射線量は基準値を遥かに上回っていた。閉じ籠っても未来はない、と外に出てみたが、案外平気なものだった。
気温は多少生ぬるいが適温。
周囲のシェルターにも、いくつか昇降口の扉が開いた物がある。覗き込めば小さな獣の一家と目が合った。ここの住人は随分前に外に出たのだろう。
シェルターの中、私は“核の冬”なる物を想像していた。
大気を覆う死の灰が太陽光を遮断し、気温が低下。
地上や海中の植物が死滅し、それを餌とする動物も滅び、地表は雪と氷に閉ざされる。
過去には非現実的な
事実、空を覆う妙な色の雲はその残滓だろう。
20XX年、世界は核の炎に包まれた。
大気を覆う死の灰は放射線を撒き散らし、あらゆる動植物の遺伝子を変異させる。
鳥獣は浮かれて歌い踊り、花実をつける草木は年中を通して咲き乱れるようになった。
かくして――世界には“核の春”が訪れた。
鳥や獣は不気味な声を上げながら、複雑な関節をくねらせて踊り狂う。
草木はそんな鳥獣を鋭い牙でむさぼり食らう。
空は七色の死の灰に覆われ、どこまでも鮮やか。
私は瓦礫の山に腰掛け、5本に増えた腕で、陽気にウクレレとタンバリンと縦笛を奏でた。
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