【春015】空と心と…



「君の心の雨は、いつ上がるの?」



 クラス一番のイケメンと噂の雨宮君が唐突にそんな事を口にした。

 いや、唐突でもなかったのかな。

 春から夏に季節が移る狭間の季節。

 五月雨の頃。

 身体中に纏わりつく雨に濡れている私の姿を目にする度、雨宮君はずっと思ってたのかもしれない。

 確かに雨の度に全身をびしょ濡れにしている私の姿は、傍観者からするととても滑稽に映るに違いない。

 対外的には忘れっぽい私がいつも折り畳み傘を忘れている事にしているけれど、そんなのちょっと考えれば誰だって大嘘だって分かる。

 そう、私はいつもわざと雨に降られている。

 とても、とてもとても個人的な理由から。

 雨宮君はそんな私の姿がとても気になっていたんだろう。

 だからこうして、近所の公園で雨に降られている私に声を掛けたのだ。


「心の雨……って?」


「隠さなくてもいいよ霧崎さん。俺は君の事をずっと見ていたから知ってる。君は一年の頃から雨が降る度にびしょ濡れになっているじゃないか。こんなの普通じゃないって事くらい、単なるクラスメイトの俺にだって分かるよ」


「そうだね……、まあ、それくらいは分かるよね……。ちょっと注意を払えば分かる事だもんね。だけどね、雨宮君。私がいつも雨に濡れててもあなたには関係無い事じゃないの?」


「関係無い……か。そんな事無いよ。そんな辛そうな顔をしてる女の子を放っておけるほど、俺は薄情じゃない。だから今日、こうして声を掛けてみてるんだ」


 さすがはクラス一番のイケメン。

 気障な台詞で女心をくすぐってくれる。

 正直、嫌な気分じゃない。私だって今は彼氏が居ない身なんだ。イケメンに心配されて心が動かないと言ったら噓になる。

 けれど、私はそれよりも気になる言葉があった。


「辛そうな顔してたかな、私」


「してるよ、雨宮さん。雨に降られてる君の姿はいつも辛そうに見える。だから心配だったんだ」


「そう……かな。自覚は無いんだけどね」


「自覚してないならそれこそ問題だよ。君は自分自身の心の事が全然分かってないって事なんだから。だから……」


 言いざま、雨宮君は私に自分の傘を渡そうとしてくれた。

 その傘を渡してしまったら自分も雨に濡れてしまうのに、そんな事は気にしないというアピールなんだろう。

 私は少しだけ心が動かされそうになったけど、軽く頭を振って雨宮君の厚意を辞退した。

 ちょっと残念そうだったけれど、雨宮君はそれ以上私の心に踏み込んでは来なかった。

 それでよかった。きっと雨宮君は私の心の中にある本当の想いを分かってはくれないだろうから。


「霧崎さんの心の雨は、いつ上がるんだろうね……?」


 また気障な台詞を残して雨宮君は公園から去っていく。

 女の子からの引き際を弁えてるって事なんだろう。

 雨宮君の背中が小さくなって、私の視界から消えるのを見届けてから、私は一層強くなった雨に思い切り振られる。

 雨が全身にまとわりつく。雨を吸った制服がひどく重い。全身が締め付けられる感覚。

 息苦しさまで感じる大雨。




 あー……、







 あー、気持ちいい!






 やっぱり気持ちいいよね、大雨に降られるのって。

 うん、最高!

 こういうの分からないだろうなあ、雨宮君は。

 まあ、雨宮君だけじゃなくてほとんどの人は分からないだろうけど。

 私だって自分の趣味が他人と違ってる事くらいは分かってる。自分を特別な存在と勘違いして声高に主張したりはしない。

 でも、こうして一人で楽しむ権利くらいはあってもいいはずだ。


 昔、小学生の頃、不意の大雨に降られて以来、私は着衣で全身を濡らす快感を知ってしまった。

 雨が目や耳や鼻、口に入る息苦しさがたまらない。酸欠状態の快感は大きな声ではとても言えない。

 雨に濡れた服の重さも最高だ。自分の周囲だけ重力が増して別の星に行ったみたいな感覚になる。

 自分の手でシャワーなんかで濡らすのとは全然違う。

 やっぱり大雨に降られないと。水量が違うんだよね、水量が。あと降ってくる落下速度なんかも。

 これは誰にも伝えられない快感だ。濡れてきちゃう、色んな意味で。


「それにしても……」


 私は思わず呟いてから声に出して笑ってしまった。

 面白かったなあ、雨宮君。

 あの様子だときっと私が家庭内暴力に苦しんでたり、もしくは誰かに強姦された過去を拭い去りたくて、雨に降られるという現実逃避に耽っているって想像くらいはしてるのかもしれない。

 心配してくれるのはありがたいんだけど、実情と違い過ぎるとね、笑っちゃうしかない。

 それに君の心の雨って詩的な表現が余計に面白い。

 私の心の中には別に雨なんて降ってない。

 私は単に雨に降られるのが気持ちいいだけで、雨の空と私の心には何の関連性も存在していない。あるわけがない。

 あると思っているのは、きっと雨宮君だけだ。


 ……待てよ。

 もしかしたら雨宮君は制服が濡れて透けている私の様子が気になっただけもしれない。それで声を掛けずにはいられなかったのかもしれない。

 そういう趣味の男の人が多い事くらいは私も知っている。私自身、こういう趣味だからね。

 その想像は私を逆に嬉しくさせた。

 だってそれは雨に降られる私の姿が気になってるって事だから。私が一番輝いてる姿を見てくれてるって事だから。

 変な想像で心配されるよりそっちの方がずっと嬉しい。


 ともあれ、今はこの五月雨の時期にしか楽しめない大雨にもう少し降られている事にしよう。

 夏の台風にこの身を晒す度胸はさすがに無いし、秋や冬の雨で身体を冷やして体調を崩すのも好ましくはない。

 だから私はちょうどいい雨が続くこの季節が大好きなんだ。

 思い切り濡れて、思い切り息苦しさと重さを感じて、思い切り気持ちよくなってから家に帰るんだ。

 その後、服を脱がずにお風呂場に飛び込んで、雨宮君と二人で雨に濡れて絡んでみる想像なんかしてみても、楽しいかもしれない。

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