【冬026】サンタ苦労する




 クリスマスが近づいてきました。

 サンタさんの家には毎日、たくさんの子供たちからお手紙が届きます。

 サンタさんの仕事はプレゼントを子供たちに届けること。サンタさんはクリスマスまでの間、届いた手紙を頼りにプレゼントを集めます。そうしてクリスマスの夜になれば、トナカイを従えて空を飛び、子供たちの枕元へ向かうのです。


「今年のみんなはどんなおもちゃを欲しがるのかのぅ」

「今どきのおもちゃはどれも精巧じゃな」

「この【NVIDIA GeForce RTX 3090 Ti】って何じゃ? ずいぶん派手な箱に入ったおもちゃじゃが……」


 子供たちの求めるおもちゃは様々。買い出し用のソリに載らなかったり、クレジットカードの上限金額を超えたりしますが、それもまたご愛敬。大好きな子供たちの笑顔を見られるなら、こんな苦労の一つや二つ、安いものです。



 ところでサンタクロースは物流業者です。生産者から消費者へとモノを移動させる仕事である物流業界には、昨今、さまざまな問題が生じています。高騰する燃料費、人件費抑制による就労環境の悪化、度重なる災害による物流網の寸断……。

 サンタさんも無縁ではいられません。

 十二月の下旬、サンタさんの家にどやどやとトナカイたちが押しかけてきました。トナカイたちはサンタさんを取り囲み、「給料が安い」と文句を言いました。


「重い荷物を曳いて走るんだぞ。ニンジン三本で満足できるか!」

「面目ない。今年はニンジンが不作で値上がりしとってな……」

「このままじゃストライキも辞さないぞ。お前なんかソリに乗ってムチを振ってるだけじゃないか」


 サンタさんは何も言えません。実際はサンタさんだってムチを振るばかりでなく、ソリを下りて荷役作業にも従事しています。かといってトナカイがいなければ空を飛ぶこともできません。

 とりあえず、今年はニンジン五本に賃上げすることで手を打ちました。どやどやと帰ってゆくトナカイたちを見送りつつ、サンタさんは空っぽの財布を振って、ため息をつきました。


「わしなんかニンジン一本にもありつけないんじゃが……」


 サンタさんの出費はトナカイの人件費だけじゃないのです。使い込んだソリの修理代もバカになりません。自社所有のソリを手放し、メーカーの提供するメンテナンスリースを利用するのも手ですが、でもやっぱり愛着のあるソリを簡単には手放せません。コスト削減とは難しいものです。



 物流には六つの機能があります。ソリでプレゼントを運ぶ「輸送」、プレゼントをソリから家へ搬入する「荷役」、プレゼントをクリスマスまで倉庫で管理する「保管」、箱にリボンを巻く「流通加工」、プレゼントを運びやすいようにまとめて白い袋に入れる「包装」、子供たちの家の住所を調べる「情報管理」です。サンタさんはけっこう高齢なので、そのどれもが身体に響きます。倉庫は雨漏りが激しいし、リボンは絡まるし、パソコンは画面の文字が小さくて読めません。


「まだ古い倉庫を持っとるのか」


 汗だくで雨漏りを直すサンタさんを見て、知り合いのサンタが笑いました。


「うちは最新鋭のDCディストリビューション・センターにしたぞ。品出しも全部ロボットがやってくれるんじゃ」

「そんな金、一体どこから用意したんじゃ」

「副業じゃよ。物流業はどこも人手不足じゃからな」


 彼はお金のためなら何でも運ぶタイプでした。ご多分に漏れず、このサンタさんも高齢です。物流業界は人材の高齢化も深刻です。


「わしは子供たちのためだけに仕事をしとるんじゃ」


 そういってサンタさんは彼を追い返しました。けれども内心、羨ましくてたまりません。サンタさんだって本当はお金を儲けて、もっといい暮らしがしたいのです。知人のサンタさんも同じように悩んで、色んな仕事を引き受けているのに違いありません。

 いつの時代も運び屋さんは縁の下の力持ち。世知辛いのです。



 待ちに待ったクリスマス。

 街では雪が降り始めました。

 上空は大変な悪天候です。猛烈な吹雪の中、サンタさんは袋を引きずってソリに載せます。トナカイが「行くぞ!」と怒鳴りました。


「しっかり掴まってな。プレゼントを落とすなよ」

「何年一緒にやっとると思っとるんじゃ」


 サンタさんもしっかり手綱を握りました。

 手元には子供たちのリストを用意しています。

 膨大なリストです。世界の人口は増えているのに、サンタクロースの数はちっとも増えていませんから、一人当たりの負担は重くなる一方です。

 サンタさんは残業を覚悟しました。前が見えないほどの冷たい吹雪に頬を叩かれながら、積み荷が落ちないかと肝を冷やします。「風で進めない!」とトナカイたちが嘆きます。それでも必死にムチを振り、空を駆けること一時間。予定よりも大幅に遅れて、一軒目の家が見えてきました。


「あそこじゃ!」

「おい、煙突がないぞ」

「窓から入ろう。ピッキングは物流業者われわれの得意技でな」


 そいつぁピッキング違いだろ、とトナカイが呆れたように叫びました。

 今にも髭が凍りつきそうです。吹雪に耐えながらサンタさんはソリを停め、プレゼントを袋から出し、慎重に家の中へ入ります。子供はぐっすり眠っています。抜き足差し足、ベッドの枕元にサンタさんはプレゼントを置きました。

 サンタさんの存在は公然の秘密。子供たちに姿を見られてはならないのが、業界における暗黙のルールです。


「いい子にしとるんじゃぞ」


 子供の頭をなでて、立ち去ろうとしたとき。

 うとうとと子供が目を開けました。

 しまった。見つかった。焦って窓から出ようとするサンタさんの裾を、子供は寝ぼけ眼でつかみました。そうして、とろんと溶けた目で笑ったのです。


「ありがとう。サンタさん……」


 サンタさんは胸がいっぱいになりました。

 仕事柄、じかにお礼を言われることの少ないサンタさんには、その言葉が何よりも嬉しかったのです。

 苦労の数は限りなくとも、こういうことがあるからサンタクロースはやめられません。さあ、続きの配達も頑張ろう。たくさんの子供たちがわしを待っている──。スキップでソリへ戻ったら、牽引役のトナカイが「なんだァ?」と首を傾げました。



 鈴の音が軽やかに響きます。

 すべての子供たちに夢を届けるまで、サンタさんの苦労は今年もやみません。



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