【冬025】悪い子供へメリークリスマス【暴力描写あり】

 教会から賛美歌が聞こえてくる。老若男女が混ざった明るい歌声だ。

 今日はクリスマス。

 素晴らしき聖なる日。


 だがダニエルには無関係だった。

 彼には両親がいなかった。

 流行り病で病死したのだ。

 孤児となり、一人で生きていくしかなかった。まだ十二歳であるにも関わらず。


 教会は孤児を保護している。

 しかし流行り病は規模が大きかった。孤児の数が多く、比較的年上のダニエルは受け入れてもらえなかった。


 恨みはない。

 ただ、羨ましいと思うだけだ。

 

 ダニエルは子供の特権を失い、働いていた。

 だが給金はとても足りない。そもそもろくに働けない子供はまともに雇って貰えない。


 だから、盗みを働くしかなかったのだ。生きるには。


「待てガキ!」


 パンを盗んだのが見つかり、店主に追いかけられる。

 当然だ。

 ダニエルの事情など、相手には関係ないのだから。


「うわ!」


 大人と子供の体力差は覆せない。追いつかれ、殴られ、蹴られ、踏みにじられた。

 止める者などいない。暴力は続く。


 店主が立ち去った後で、ダニエルはゆっくりと立ち上がる。体中が痛い。歩くだけでも辛い。

 だが、それはどうでもよかった。

 それより食べ物がないのが辛かった。

 痛みは耐えられても、空腹は耐えられなかった。


 傷ついた体を引きずり、歩く。

 帰るのは一人の家。寂しい家。あるべきものを失った家だ。


「お腹空いた……」


 家で膝を抱えた。

 空虚に響く腹の音は、止める手段がない。

 それに問題は空腹だけではなかった。

 寒い。隙間風が寒かった。暖めるにもただではない。勝手に薪は拾えないし、買う金もない。


 やがて夜になった。更に寒くなった冬の夜。祝いなどない、クリスマスの夜。

 ダニエルは空腹を抱えて、眠れない。眠らない。

 毛布だけが唯一の命綱。震えてこの夜を耐え凌ぐしかなかった。祝宴を夢想しながら。



 そんな寒々しいばかりの中、ふと顔を上げれば。

 寒い家に、不気味な訪問者が来ていた。

 黒い、ボロボロの服。落ち窪んだ眼窩。木肌のような腕。怪人のような何者かだった。


「ひっ!」


 ダニエルは思わず悲鳴をあげてしまった。

 怖い。恐ろしい。余計に震えが大きくなる。


 眼の前の怪人には、心当たりがあった。


 今日はクリスマス。

 良い子のところにはサンタクロースが来てプレゼントをくれる。

 しかし、悪い子のところには、ブラックサンタクロースが来てお仕置きをすると言う。


 盗みを働いた自分はお仕置きされるのだ。今日は失敗したが、確かに過去何度も悪い事をしていた。

 恐怖に震える。死を覚悟する。

 ダニエルはギュッと目を閉じた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 許しを請うべく、謝り続けた。

 死にたくない。反省しているからお仕置きは許して、と。


 しかし。

 何事も起きない。

 罰はいつまで経っても下されない。

 代わりに感じたのは、熱。寒さを和らげる暖かさがダニエルを包む。


 不思議に思って恐る恐る目を開ければ、意外な光景があった。


「え……?」


 黒いサンタクロースは、ただじっと佇んでいた。

 その前には、赤い炭。熱の発生源。怪人が用意したと思われる、寒さを追い払う品物だ。


 そして彼は湯気の立つ芋を差し出してくる。


「いいの……?」


 ダニエルは受け取って食べる。慌ててかぶりついた。

 空腹に響く、久々の食べ物。

 すぐに食べ終わって、しかしすぐ黒いサンタはお代わりをくれた。また行儀悪くかぶりつく。

 正直味はいまいち。だとしてもご馳走。

 幸せだ。幸せに満たされた。

 涙が溢れた。


 炭と芋。燃料と食料。

 悪い子供へのプレゼント。

 この孤独で厳しい冬には、おもちゃやお菓子よりも欲しいプレゼントだった。


 満腹になるまで食事に夢中。夢のように久しぶりの幸せを味わい尽くす。

 その間に、いつの間にか黒いサンタクロースはいなくなっていた。

 後に残るのは多くの炭と芋だった。しばらくは寒さと空腹をしのげる程多くの。


 悪い子供でも、認めてくれたようだ。

 生きていいのだと。辛い思いはしなくていいのだと。


 聖人だった。彼こそが、この聖なる夜に相応しい聖人だった。

 ダニエルは心からそう思ったのだ。


「……ありがとう、サンタさん」

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