【冬023】僕だけの彼女

 待ちに待った学祭ライブ。でも、次の曲で最後。バンプの『天体観測』――メンバーで話し合った時に「締めは絶対コレ!」って満場一致で決まった曲だ。

 ボーカル兼MCがこの俺なわけだけど……何て言って良いんだろう。これ歌ったら、俺たち三年は引退。そう思うと、なかなか次に進めない。

 会場が静まる中、バンドのメンバーたちからの視線が集まる。目が「大丈夫か?」と言っているみたいだ。我に返って、「大丈夫」と頷き返す。


「次の曲が最後。僕たちはこれで引退です」


 会場から聞こえる「えー」の嵐。「でも……」と、言った次の瞬間、会場が静まり返る。


「僕たちは、音楽を辞めるわけではありません。またどこかで、このメンバーで集まって、演奏したいなって。少なくとも僕は、そう思っています」


 涙をこらえながら、最後の曲に繋げる。会場からはエールの拍手が沸き起こった。


「ということで、前置きが長くなってしまいましたが、聞いてください。BUMP OF CHICKENの『天体観測』です!」


 力強いギターの音から始まる。約四分間、三年間の集大成として、必死に歌った。

 歌い終わると、会場の至るところから再び拍手の嵐が沸き起こる。

「コースケ!」と、自分の名前を何度も連呼され、アンコールも求められた。


 でも、この時の俺が見つめていたのは、ある一点だけ。振り向いてくれるはずのない女の子。なぜなら、リーダーの彼女だから。頭では分かっているんだけど、つい探してしまう。今の見てくれた? 俺の歌、聞いてくれた? 頭の中で勝手に問いかけて、答えなんて返ってくるはずがないのに。でも、いいや。来てくれたんだし、と、自らの感情を押し殺した。






 あれから約十年、俺はあの時の言葉どおり音楽を続けていた。メンバーの一人が入れ替わっちゃったけど。そのメンバーとも連絡は取り続けられる仲だし、メジャーデビューも果たせたし。

 今日は久々に地元札幌でのライブ。懐かしいメンツとも再会して気分は上々。その中に、あの子の姿もあった。たくさんファンの子たちはいるのに、あの子だけは俺を見てくれないんだよな。

 でも、高校生の時からだからそんなの今更か。会えただけで嬉しいよ。そう思いながら約二時間、ステージで熱唱した。






 ライブが終わって、リーダーからある提案をされた。


「せっかく札幌に帰って来たんだしさ、ミュンヘンいち行かね?」


 ミュンヘン市とは、「ミュンヘン・クリスマス市 in Sapporo」という札幌市で冬に開催されているイベントのことだ。札幌とドイツのミュンヘンは、一九七二年にオリンピックが開催されたのを契機に姉妹都市提携を結び、その三十周年にあたる二〇〇二年からイベントが始まったらしい。イベントではドイツの民芸品やクリスマスの飾り、ワインやソーセージなどの屋台も並んでいて、冬のお祭り気分を味わうにはもってこいの場だ。


「いいね! 行こうよ! あの時は未成年でホットワインが飲めなかったし。今回は絶対飲むよ」

「じゃあ、決まり。打ち上げということで!」


 帽子に手袋、コート……完全防備で俺たちは会場に向かった。






 会場は青や白のイルミネーションで彩られ、クリスマスの音楽が流れていた。人々の雑踏にまぎれた俺たちはリラックスした気分で会場内を練り歩き、屋台で買ったソーセージやジャーマンポテトを味わっていたところで、

「コースケ」

 と、俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。


「えっ⁉ もしかして、ファンの子に気付かれた?」


 そう思いながら恐る恐る笑顔で顔を向けると、目の前にいたのはあの子だった。


「奇遇だね! ひとり?」

「うん、今日のライブを聞いていたら、前にみんなでここに来たこと、思い出しちゃって。お忍びで来ていたんでしょ? 声かけてごめんね」

「全然いいよ! むしろ、声かけてくれて嬉しかったし」


 すると、俺たちのやり取りを見ていたリーダーが、

「二人で話して来いよ」


「えっ⁉ 今、二人でって言った?」


 びっくりした俺は、思わず声が裏返った。


「早く行け。ぐずぐずしていると、ファンに見つかって面倒なことになる」


 これには他のメンバーたちも同意した。


「わ、分かった……」


 何のことやら分からない俺は、彼女と二人でぶらぶらと歩き始めた。


「……いいの? 俺と二人で歩いちゃってさ」


 恐る恐る尋ねた。


「アイツとは、結構前に別れているから」


「そっか……」と言ってから、俺は目を見開いた。

「……それ、本当?」


 間髪入れずに首肯した彼女。


「今は音楽のこと以外考えられないって。喧嘩別れしたわけじゃないから安心して」

「……だったらいいけど」


 彼女が足を止めたので、俺も立ち止まった。彼女の視線の先にあるのは、ガラスでできたキャンドルの入れ物だった。雪の結晶やサンタの顔、ソリなどが描かれた色鮮やかなコップ型の入れ物で、中に入ったキャンドルの炎が揺れるたびに、その柄が踊るようにきれいに映し出されていた。


「可愛いよね。キャンドルの入れ物」

「キャンドルハウスっていうのよ。こういうガラスのだけじゃなくて、陶器でできた家の形のもあるの」

「へぇ、名前のままだね。どれがいい? 記念に買って行こうよ」


 雪の結晶が映し出された青いキャンドルを二つ買って、ひとつを彼女に手渡した。

 一緒に歩いているうちに、今まで蓋をしていた自分の感情に抑えがきかなくなってきたことを悟る。


「ごめん、俺もう限界。十年以上我慢してきたから……みんなのところに戻ろうよ」


 彼女は首を横に振った。


「もう、今更でしょ? 知ってるよ、コースケの気持ち。アイツもそれ分かっていて、私をここに呼び出したんだから」


 彼女に言われてから一瞬、自分の頭の中で整理がしきれなかった。


「ちょ、ちょっと待って……分かっていて俺のこと呼び出したの?」


 頷いた彼女が小悪魔のように見えて仕方ない。

 けど、もうここまで来たら、後戻りはできないよね……。


「あの……高校一年の時から、ずっと好きでした」


 見事に彼女との恋を成就させた俺。十年以上かかったけど。リーダーとの関係も悪くならなそうで良かった。

 しばらくは遠距離恋愛。まあ、そこは頑張って耐えるよ。






 新千歳空港から帰りの飛行機に乗ったところで気付いたことがひとつ。

「あっ、ホットワイン……飲み忘れた」

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