【春004】穴【ホラー要素あり】
【タイムカプセルから塩素ガス 開封に立ち会った数名重傷】
──物騒なニュースが世に出回ったのは、就職して三年が経った春のことだった。
事件は地方の山間で起きた。十年前の卒業生が中学校の校庭に集まり、卒業時に埋めたタイムカプセルを発掘したところ、毒ガスが発生したらしい。馴染みのある地名に僕は胸騒ぎを覚え、地元の友達に連絡を取った。案の定、事件が起きたのは僕の母校だと知らされ、慌てて新幹線の切符を買った。
毒ガスを浴びた故郷の町は雲におおわれ、冬の残り香が鬱蒼と垂れ込めていた。地元の友達とはカフェで会った。消防本部に勤務する彼は、事件当時、現場での救護活動にも携わっていた。
「周辺住民にも避難指示が出て大騒ぎだった。もう毒ガスも晴れたし、被害者の救護も済んで一段落してるがな」
「
「俺の家は学校から遠いからな。
ああ、と僕はコーヒーを啜った。こうして駆けつけたのも野次馬根性からではなく、実家の両親を案じてのことだった。「その様子だと大丈夫だったらしいな」と、彼──窓野もコーヒーに口をつけた。
「誰の仕業か分かったのか」
「まさか。警察の捜査が今も続いてるところさ」
「そうだろうな」
嘆息する僕らのかたわらを、窓際をかすめるようにしてパトカーが通過する。店内は人もまばらで、町を行き交う人々の顔色もくすんでいる。火山地帯でもあるまいし、小さな穴を掘ったくらいで毒ガスが湧き出すことはない。これは十中八九、誰かが仕組んだ事件だ。閑静な田舎町を突如として襲った未曽有の事件に、人々は行き場のない不安を募らせている。
「……あのタイムカプセル、僕らが埋めたやつだよな」
声をひそめると、窓野も黙って首肯した。
十年前、僕らは一緒に山間の中学校を卒業した。そのときクラスメート全員で思い出の品を持ち寄り、タイムカプセルに入れたのを覚えている。──いや、今回の件で思い出したというのが正しい。
「お前はとっくに忘れちまったかと思ってたよ。大学進学以来、盆と正月にしか顔を見せてなかったって聞いてたし」
「誰から聞いたんだ、そんなの」
「閉鎖的な田舎だからな。大概のことは筒抜けさ」
窓野は白けた笑みを浮かべた。
それから少しばかり身を乗り出して、ただでさえひそめていた声をさらに絞った。
「お前、あいつのことも覚えてるか」
「あいつって?」
「
「卒業直前に失踪したやつだっけ」
「それさ」
陽を浴びて色あせたアルバムのようになった記憶を僕はめくった。寡黙で虚弱な同級生の男子がいたことを、その段になってようやく思い出した。身体の小さいのをいいことに、過激な同級生たちの集団暴行に遭っていたことも。
「可哀想な子だったよな。ずっと手酷いいじめを受け続けてた」
「よく覚えてんじゃねぇか」
窓野は目を不気味に光らせた。
「実は、その大窪が今度の事件の首謀者なんじゃないかって噂になってるんだ。みんなでタイムカプセルを埋めた時、毒ガスの発生源を仕込んだんじゃないかってな」
ぞく、と身体が芯から冷えた。そんな馬鹿なと一蹴しようにも、それだけのことをする動機が大窪にはあったはずだ。「復讐のために?」と尋ねたら、窓野は大真面目に首を振った。
「あいつが卒業前に失踪したのも、毒ガスを仕込んだことがバレないように自殺したからじゃないかって話だ」
「まさか……。何の根拠もないんだろ。だいたいそんな大それた真似が、あの弱っちかった大窪にできたもんか」
「どうだか。やるなら相応の覚悟が必要だっただろうな。でも復讐ってそういうもんだろ。人を呪わば穴二つ、って言葉もある」
窓野はコーヒーを一気飲みした。真っ黒の液体が音を立てて彼の喉に流れ込むのを、僕は驚きも覚めやらずに見つめていた。しかしまだ、素直に信じる気にはなれなかった。
「タイムカプセルの中身は今、現場近くのブルーシートの上に広げて保管してある」
窓野が上目遣いに僕を覗き込んだ。
「取りに行くなら早いうちがいいぞ。間違って処分されたら最悪だろ」
「なんでそんな大事なものを露天で……」
「仕方ないだろ。こっちも忙しかったんだ」
あの白けた笑みのまま、窓野は肩をすくめた。
話し込んでいるうちに夜になってしまった。懐かしい通学路を一路、中学校へ向かった。警察の警備も手抜き気味で、なぜか一か所、警戒線の張られていないところがあったので、こっそり敷地へ入ることにした。
十年前のことは
ブルーシートは木々のあいだに無造作に引かれていた。タイムカプセルの発掘現場からは十数メートルも離れている。ふと思い立って、毒ガスの消えた穴を覗いてみる。しんと冷えた初春の静けさが肌に凍みる。「人を呪わば穴二つって言葉もある」──。窓野の白けた笑みが、ふと脳裏をよぎった。
人を呪わば穴二つ。
どういう意味の言葉だったっけ?
上の空で踏み込んだブルーシートが突如、崩れるように凹んだ。そこはちょうどシート同士の境目になっていた。叫ぶ間もなく僕は深さ二メートル弱の穴へ転落した。見るからに手掘りの、まるで人の生爪で掘ったような穴だった。もうもうと立ち上る土煙に混じって、激しい音とともにガスが充満してゆく。息ができない。身体が痺れて動けない。なんだ、これ。涙目で暴れる僕の指先に何かが触れた。穴の中に先客がいたことに、そのとき初めて僕は気づいた。
土気色に変じたミイラの眼窩が僕を見つめている。
暗転する意識の底で誰かが呼びかけた。
──待っていたよ。
天国から地獄に堕ちた気分はどうだい?
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