【Ex-夏024】ナツガミ様の病の薬


「これは、季釈病きしゃくびょうだね」


 薄暗い部屋に似つかわしくない大きな天涯付きの寝台。その傍に立ち、絹の衣を着た男性が呟いた。寝台の中央には、男性の頭と同じくらいの大きさのあかい玉が置いてあった。


「なんなんだい、そのキシャク病ってのは」


 男性の足元で、毛むくじゃらの影が動いた。それは短毛の猫であった。長い尻尾をパタンパタンと床に打ち付けている。男性に尋ねたのはこの猫であった。


季釈病きしゃくびょうというのはね」


 不躾な質問に気を悪くする様子もなく、男性は応えた。


「ある一部の神たちがかかるやまいだね。罹患りかんすることでその神の力がだんだん弱くなるんだよ」


 事実のみを語る声は淡々としていた。


「そんな、大変じゃないか! 治療法は? 薬はあるんだよな」


 焦ったような猫の言葉に、男性は首を振る。


「残念ながら特効薬はない。罹患すれば、あとは神の力を高めながら自然に治るのを待つしかない」

「は……? 治る……のよねえ?」


 猫が立ち上がり、右に左に歩き始めた。ソワソワと落ち着かない。


「わからない。こればっかりはナツガミ様次第だよ」


 男性の声は落ち着いていた。

 猫の影が男性を見上げる。


「……じゃあ、アタシは見ているしかないっていうのかい?」

「どれくらい効果があるかはわからないけれど、ナツガミ様の力が高まるものを持ってきてあげるといいよ」


 男性の言葉が終わるか終わらないかのうちに猫は部屋を飛び出していた。

 部屋の外の光に、ちらりと走っていく赤キジ模様が照らされた。


 ―――


 時は少しだけさかのぼる。

 猫がナツガミ様の様子がおかしいことに気が付いたのは明け方だった。

 いつものようにナツガミ様の寝室に入ると、普段、身支度を済ませ猫を待っているナツガミ様は、寝台の上に伏せっていた。


「なんだい、まだ寝てるのかい」


 猫が近付くと、ナツガミ様がかすれた声で喋った。


「ああ、ごめんね。なんだか体に力が入らなくて」

「調子悪いのかい?」


 猫が様子を見ようと寝台に前足を掛けるのとほとんど同時に、ナツガミ様の姿はあかい玉に変わった。


「ナツガミ様!? ナツガミ様!!??」


 ―――

 ――



 その後、猫が三本目の焼トウモロコシを持って帰ってきたところでナツガミ様は朱い玉の姿からいつもの姿に戻った。猫は、自分が持ってきた焼トウモロコシのおかげだと思っているが、実際はナツガミ様本人の自然治癒力で癒回復したようなものだ。


「でも、なんで焼トウモロコシばっかり持ってきてたの? 夏祭りやってるところに行ったんだったら他にもいろいろあったんじゃない?」


 ナツガミ様は寝台で上半身を起こし、膝に乗る猫を撫でる。


「さあねえ」


 猫は知らん顔をする。

 綿あめやりんご飴といった袋に入ったものは滑って持てず、たこ焼きや焼きそば、かき氷といった器に入ったものは運んでいるうちに中身が潰れるか落ちてしまい、フランクフルトや焼き鳥、唐揚げは持って行く途中で我慢できずに食べてしまった。

 そんな失態を自ら話せるわけもなく。

 猫は眠ったふりでやり過ごすことにした。


 そんな猫をみて、ナツガミ様は目を細める。


「もう少ししたら動けるようになると思うから……ね。いつもありがとう」


 聞こえるかどうかの声で囁いたナツガミ様の言葉に、猫は明日も焼トウモロコシを持ってこようと思った。


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