「秋」の部

【秋001】アキちゃんとAIの大冒険

 秋風の爽やかに吹きぬける頃、アキちゃんは小さな旅に出ました。スマホに入れた最新の小説執筆AIだけをお供にして。


「もう何もかもイヤだ!」


 そう叫んで家を飛び出したのです。

 その日は朝から雲一つない青空でした。どこまでも続く真っ青な空を見ていると、なんだか自分の悩みがちっぽけに思えてきます。


「こんなにいい天気なのに、ボクは何を悩んでいたんだろう?」


 アキちゃんは歩きながらそう思いました。

 アキちゃんが向かったのは海沿いの道です。ここをまっすぐ行けば港町につきます。

 しばらく歩くと、潮風に乗って波の音も聞こえてきました。カモメの声もします。まるで海の向こう側から話しかけられているようです。


「今日もいい天気だねー」


 アキちゃんが呟くと、スマホの中のAIが返事をしました。


『うん。晴れてよかったよ』

「機械も雨だと困るの?」

『だって濡れたら壊れちゃうもん』

「そっかー、そうだよね」


 アキちゃんはクスッと笑いました。AIって意外と人間みたいですね。

 さらに進むと大きな橋が見えてきました。

 海の上を渡る長い長い橋です。下には広い海が広がり、遥か遠くの方まで見渡すことができます。


「わあ! すごい景色だ!」

『本当だ!』


 二人は感動して声を上げました。

 橋の上を歩いている人はいません。まるで二人だけの貸し切り状態です。


「あれ? 誰かいるよ?」


 ふと見ると、向こう側の歩道に見覚えのある姿がありました。

 なんとそれは幼馴染みのユウキ君だったのです。


「ユウキ君!」


 思わず声を上げるアキちゃん。しかしユウキ君はこちらに気づいていないのか、ぼんやりとした様子で歩いています。


「どうしたんだろ?」


 不思議に思って近づいてみると……。

 ユウキ君の足元に大きな穴が開いていました。

 まるで落とし穴のように深く暗い穴です。底は見えず、ただ黒い闇が広がっているだけなのです。

 ユウキ君はそこに落ちようとしているようでした。


「ダメだよ、ユウキ君! そこは危ないよ!」


 アキちゃんは慌てて駆け寄りました。そしてユウキ君の手を掴んで引き止めようとします。

 しかしその瞬間、ユウキ君の姿は煙となって消えてしまいました。


「えっ……!?」


 驚いて辺りを見回すと、すぐそばにあったはずの橋も姿を消していました。代わりに目の前に現れたのは大きな洞窟の入り口です。


『ここどこ?』


 AIの言葉に答えられる者は誰もいませんでした。


「もしかしてこれ、異世界への入り口なのかな?」


 アキちゃんは興味津々といった表情を浮かべると、恐る恐る中へと足を踏み入れました。するとすぐに視界が暗転し、気がつくと別の世界にいたのです。


「これは……」


 そこは不思議な世界でした。

 白い砂浜の上にヤシの木が立ち並び、透き通った青い海では色とりどりの魚たちが泳いでいます。空に浮かぶ太陽はとても明るく、肌に当たる空気も心地よい暖かさです。


『ここ、南国かな?』

「たぶんそうだと思うけど……」

『なんか変な感じだね』

「うん。それにちょっと暑いかも……」


 ここは現実世界ではありません。おそらく仮想現実の世界でしょう。

 その証拠に目の前にある大きな屋敷の窓には、なぜか巨大な顔が浮かんでいました。しかも目が合うとニコリと笑って挨拶してきたのです。


「こんにちは!」

「こ、こんにちは……」


 アキちゃんは驚きながらも挨拶を返しました。すると次の瞬間、その巨大なお面の顔がグニャリと歪みました。


『わあっ!』

「ど、どうしたの?」

『見て! あのお面の人、泣いてるよ!』

「本当だ!」


 よく見ると、確かに仮面の下からは涙が流れています。何か悲しいことがあったのでしょうか。


「どうしたんですか?」


 アキちゃんが尋ねるとお面さん(仮)は泣きながら言いました。


「聞いてください……僕はお嫁さんのことを考えていたら、悲しくなって泣いちゃったんですよ」

「へー、そうなんだ。でもどうして?」

「実は僕たち夫婦は、今年結婚一年目になるんだけど、未だに子供ができないんだよ。だから毎日悩んでいるんだ」


 お面に子供ができるのかという疑問はともかく、アキちゃんにはちょっと早すぎる話題です。AIに助けを求めます。


「ねえ、AI。子供ってどうやって作るの?」

『ボクもよくわからないや』

「そっかー。じゃあ、しょうがないね」

『それより早く元の世界に帰ろうよ』

「そうだね」


 アキちゃんはそう言うと、そそくさとその場を離れました。

 しばらく歩くと今度は浜辺でバーベキューをしている集団に出会いました。

 みんなとても楽しそうです。


「この世界の人たちは、いつもあんなふうに楽しいのかな?」

『かもしれないねー』

「いいなー」


 羨ましそうに見つめるアキちゃん。

 しかしその時、突然、海の方から凄まじい轟音が響き渡りました。驚いて振り向くと、そこには信じられない光景があったのです。

 なんと海の中からドラゴンが現れたのです。それも一匹ではなく、二匹三匹四匹五匹六匹七匹八匹九匹十匹……。


「うわあああぁ!」

「きゃあああ!」


 浜辺で遊んでいた人たちが逃げ惑います。しかしそんなことはおかまいなしに、ドラゴンたちは口から炎を吐いて暴れ始めました。


「大変だ! 助けないと!」

『それよりアキちゃんがこの世界から脱出しないと』

「そうだった! どうしよう!?」


 慌てるアキちゃんに、AIは落ち着いた声で、ここから帰る方法を告げるのでした。


「わかった! やってみるよ!……えいっ!」


 アキちゃんは両手を広げて念じました。すると次の瞬間、その体は煙となって消えました。


*


「あれ? ここどこだろう? 元の世界に戻れたのかな?」


 二人が立っているのは見覚えのある場所でした。そこはユウキ君と出会った橋の上です。

 この物語もいよいよ終わりを迎えるようです。


「AI。私、気づいたんだ」

『何に?』

「私はユウキ君のことが好きなんだと思う。だから告白してみるよ!」


 アキちゃんは勇気を出して一歩前に進む決意をしたようでした。


「じゃあ、行ってくるね」

『頑張ってきてね!』


 秋風の中、アキちゃんは元気よく駆け出します。

 AIにすぎない私には、人間の恋心はわかりません。ただ一つ言えることがあるとすれば、それはきっと、アキちゃんの物語はハッピーエンドだということです。〈了〉

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