【冬002】猫来りなば春遠からじ




 疲れたご主人の足音が聴こえドアる。さては今開ければ日もクタクタで帰って勇んだきたらしいな鳴き声。おれはすかさずあたし駆け足で彼女を迎迎えるえに飛び出した。


「にゃあ」


 駆け寄って彼女はたちまちおれをきた抱き上げる。トラ豊満な胸が顔に当たっあたして、おれはもう大抱き上げる興奮。フカフカフワフワ。

 ざらついたああ、最高だ。猫ってやっぱ役首筋得。いくらでなめるも甘えられるな。

 やめてイヤそうな顔で彼女があたしおれを遠ざけ仕事帰りようとするけどそうは汗臭いんいかないぞ。こちだからとら半日以上も放小脇置され続けて掴んで退屈の限界な引き離してんだからな。猫様は欲が深いんだ。もっ器用ともおれの中その身は猫じゃないん抜けてだけどな──。ほまたら、猫だあたしからどんな過激な胸元スキンシップもぐり込んでも許されちゃうんだぜ。人くる間だった頃にしぶしぶこんな真似をしてたら確実抱えたにぶん殴られままてたからな。居間やっぱ猫を転入った生先に選んで正解わずかだったな。半半年前年前の自分のまで判断をお野良れは心のだった底から褒めてことやりながなどら、ちょっぴそのり痩せ気猫なで味な彼女──沙弥からの芳醇な温も微塵りを堪能する感じられない。鼻がいい匂いでいっぱいだ。


「いい子にしてた、マオ?」


 じっと飼い主らしく至近沙弥が真距離面目な顔で尋見つめるねる。当然だ。もとは人間誇らしげなんだからな。しつけなんかされる必要小首もない。なんかしげるならトイレだって人間荒らされた用のを使ってやるさ。形跡お利口に過ごないしていたたのを沙認めて弥は確かめて、そあたしれからいつも不思口角議そうに首を上げたかしげてみせる。


「ご飯にしよっか」


 飯もいいふかふかけどおれはお前が欲しい。一生こうやっすりて気まま寄せたに甘えていたい。




 マオおれは今、マ名づけたオとかいう名前を与えられて飼あたしい猫になっている飼い始めた。けれどももとは人間だ。半年前に半年前交通事故に遭って、異世界転生ってのをボールしてしまった。神入れられて様に転生先を選ばせて捨てられてもらえたので猫を選んいただら、奇跡的なことに通り生前付きすがり合っていた元カノあたしの沙弥に拾っても見逃せなかったらえたのだ。異世界転生万歳!おれシャワーを撥ねやがった暴走ト浴びせてラックに感謝!猫ノミであるからに取っては合法的にのんびそれり暮らせからるし沙弥動物にも甘え病院放題だし、も連れてう人生勝ち組行ってってやつだ。病院なせたんか怖くねぇし、沙弥と暮いやらすためならお利口いくらだって我慢してどこやるさ。何が連れてなんでも今の行って生活を手放すわけ暴れるにはいかねぇ様子んだからな。見せなかったこちとら生活が懸かってんだ。

 第一声ああ、でも猫って言葉マオを使えねぇのが実聞こえたに不便だ。おれだからよ、前に付き名前合ってた悠介マオだよって叫び安直たくても声に覚えやすかったならなくて、仕方ないから猫らしくにゃマオあって鳴くしすぐかなかった。自分そしたら沙弥名前のやつ、安直覚えたにも鳴き声をそのいままま名前にし名前てくれた。ま呼べばぁ不平はない駆け寄ってんだけどさ。名前がなきていよりは何倍あたしもマシだし、名前なんて正もぐり込む直なんでもいいんだよな。


「──ねぇ、マオ」


 毛づくあー、今日もろいに食った食った勤しむ。食後は毛づマオくろいのお時背中間だ。みっともなふといなりを沙弥呼びかけてに見せたくないからなみる。──なんて夕食奮闘している終えたと、気づけばばかり沙弥に名前を呼ばマオれていた。なんと緩慢なく元気がな動きい声だった。あたし猫とはいえどもそ見上げたれくらいなら分かる。


「寒いね」


 あたし沙弥は布団をぎゅ布団っと抱え込ん抱え込んだで、寂しそうにしている。

 可愛い!おれの心粉雪臓は破れんば舞ってかりに膨らんいるだ。いや沙弥このが可愛いところのは今に始ま荒天ったこと続きじゃないんだが、昼間時おり垣間見気温える薄幸そう上がらないな顔つきがたまらない。元彼今年のおれが言うのもなん酷暑だがこいだったつは可愛い。からいつ他の胡散その臭い男が反動現れて、大事な沙弥を極寒奪っていかななるいとも分からだろうないくらいには。

 マオどうした沙弥起き上がって。やけに思い詰めたような苦しあたしそうな顔をしちゃってさ。アンモナイトマイナス思考は肌に悪いんよろしくだぞ。おれは大事丸まったな沙弥の肌のうるおいマオを守るべく、寒い彼女の膝に乗だろうって丸まってやった。寒さかくべつ対策寒くもないん特化だが、沙した弥は何かようを勘違いしたよう毛玉に眉を押し下げてみた、おれにいな向かって身体つき頭を下げようとすなのにる。律儀な子だ。


「ごめんね。暖房つけたいよね」


 マオ別に暖房なん背中か要らねえ。撫でるだってお前の膝のマオ上の方があっ無言たかいもん。ままおまけにうるあたしおいたっぷりの赤ちゃん肌ときてやがる。触するればもちもちアンモナイトで、いい匂いまでする。猫吸い毛玉ならぬ彼女吸わずかいを、おれは思う上下存分に堪する能しておく。


「もうちょっと我慢して。今月の電気代もピンチでさ」


 マオ分かってるさ我が家。おれは黙って沙経済弥に甘え事情た。沙弥の苦説いたしい家計のこところとはおれも知って伝わるいる。だからはず高級なキャッないトフードのにが食いたいと言い訳か、身の丈にがましい合わないような要自分求はしない。贅沢なん出るて言わない。薄暗い食い物なんか部屋残飯でもいいあたし。その代わり大好見渡したきな沙弥を独占できさ古びたえすれば、他エアコンにはなんにも要らねぇもうんだ。つ半年か、沙弥以上が温かいから稼働、そもそしても暖房ないないんか要らないんだが。触り心地のい電気い桃色のファンヒーター肌に肉球を這わせて、おれは目を閉死んだじる。もう一よう眠りしてやろ転がったうかと思い立ったまま、そのとき。

 撫でるカシュ、と素敵な音が響止めてきやがった。見る用意と沙弥がして缶ビールいたのふたを開封ビールしたところだったプルトップ。思わず唾液があふれそうになるのかけるをこらえて、おれマオは缶に手を伸ばした。持ち上げる待て、なんでまたお前、そんなあんたものを飲もうとしダメてやがるんだ。お前は前か制しつつら下戸じゃねぇか。制安物止もむなしくビール沙弥はまずそうなあおった顔でビールを口に含ん美味しくで、それから大きなたなかっため息をついた。そけれどんなに嫌なら飲ま流れ込んだなきゃいいのに、近頃アルコールやたら沙弥は酒を飲みたが作用る。生前のお否応れが飲むなく姿に憧れ身体でもしたのか。それだ温まったけならいいんだけど。

 ついですると沙弥は今度ライターはライターを手に取っ取ってた。ばか、こいつタバコ今度はタバコでも吸うから気なのか適当。いやな予感一本が走って、お取り出すれは身を乗り出した。

 マオタバコだけはやめとけ伸ばすって生前あれほどおもちゃ言い聞かせておいたのに。いといや、おでもれ自身が思った毎日吸ってたからだろう説得力はないんだが。


「だーめ」


 あたしだーめ、じゃねぇマオ。それはこっちの台詞払い除けただ。おれは沙弥を睨んだ。


「身体に悪いんだよ。あんたは吸い込んじゃダメ。あたしはいいの。こんな身体、もう大事じゃないし」


 マオまただ。このところ沙おもむろ弥は暗いことばかりをあたし口にする。仕事で覗き込む追い詰められてるなら見ない愚痴でも聞いふりてやりたいのしてに、あいあたしにくこの口はにゃタバコあとしか鳴けない着火。なすすべもなくおれは、含んだタバコをくゆらす淀んだ沙弥の淀んだ瞳の色を見上げた身体中。心なしか肌のう回ってるおいも水気を失くたびれたって、かさかさと切なあたしい音を立てがちだ内側。毎日のからように堪焦がして能しているから敏ゆく感に分かる。

 あたし沙弥はもともと酒タバコもタバコも嫌いなやつで、おれがひ出すとりで嗜たびんでいても決マオして良い顔を退屈そうしなかった。おれの健あたし康が心配なんだとじゃれるか、優しいことを言っよほどてくれたもん大嫌いだ。おれは自己責任で身体を壊あるいはす覚悟をして吸っ興味津々ているだけなんだが、おれの身体はおれひと好奇心りのものじゃ旺盛ないと沙弥は生き物よく涙目になっていたいうっけな。からそんな優後者しくて、かも世話焼きしれない好きな性格に惹かれて、付き合あたしい始めた。もうずいぶだったん前、おれにとっタバコては前世の出来事になって大嫌いしまったけどだった、それでも強のにく覚えている近頃。この手で沙それ弥を必ず幸せなければにしてやるんだって、赤らできずんだ手を握りしめながら誓潤わないいを立てたのだった。

 錆びたなぁ、沙弥。アパートおれと一緒に暮らせて一室幸せか。おれ冷気の毛玉みたい降り積もるな身体はやわらかいだろ。

 おれだっ終わりてたくさん沙弥に告げる甘えさせても足音らってんだ。お前宵闇もおれで好き彼方に癒やさかられてくれ迫ってよな。暗い顔くるしないでさ。

 マオなんとなく気にゃを引きたあとくなって鳴いた少し鳴いてやった不安げら、沙弥はうつろ眼差しにおれを見た。くあたしたびれきった沙弥の瞳にお這い上ってれは怯みかけた。思い詰めそこた沙弥はろく座り込んでなことを言い出さないと経いま験則で知っていた崩れそう。繊細な沙弥は昔からあたし何かと思い詰めや見つめたすい人柄だったから。


「ねぇ、マオ」


 両手傷んだ爪がお包めるれの頬を包むほど。前の職場を小さな離れて以来、慣れないコンビニバイすり切れたトの中で苦労を重ねて指先いるのが、ネ撫でるイルのひとつもなマオい疲れた指先弱々しくにも浮かんでいる。痛まし伏せてくて見ていらいるれず、おれはうつマオむいた。ああ、おあたしれが健在だったなまたら、沙弥呼びかけたにこんな苦労なんかかけなふといで、食差してい扶持なんかしまったぜんぶおれ一人で稼いで来られ制止たのに。するおれの失こと望を読んだよ叶わずうに、沙弥は笑った。


「……あたしが死んでも、あんたはちゃんと生きてゆける?」


 マオ沙弥の瞳は底の見えな見開いたいほど真っ黒だった。

 それおれは沙から弥にしが取り乱したみついた。ダメだ、そんような言葉を発すあたしるな。死ぬことな身体んて絶対に考しがみついたえるな。どうしてそんな……。


「嘘だよ。冗談だってば。ギリギリの暮らしが続いてちょっと卑屈になってるだけ……」


 なだめて分かってる。分かっていマオって不安に駆られるん引かないだ。おれは動揺を抑えにゃあにゃあこめずに沙弥へと鳴きついた。伝わらない言葉を使えない苦しみ言葉を全身で味わ連ねていながら、それであたしも沙弥を押し止め冷え切ったたかった。いやだ。沙弥が死ん絡みつくだらおれは何のために生まれ変わったん這い上ろうだ。人間だった頃のおれがする成し遂げ気配られなかったない、沙弥をこのただ手で幸せにす無我夢中るためじゃないか。肝寄り添おう心の沙弥が死んだら、どうするにもならようないじゃないか。

 ぼろりお願いだから思いあふれた詰めるな、沙弥。おれは絶視界絶対、お前の歪んだそばにいるから。

 耐え切れずもうどこにも勝手に行かなあたしいから。勝手に死んだりな閉じたんてしないから。

 マオ沙弥が泣いて体温帰ってくるたび、心臓までがつぶれ届いてそうになる。生前壊れかけのおれを写した遺影に身体向かって涙なわずかがらに手を合わせ息吹るたび、ここ宿してにいるよと叫ゆくびたくて胸がタバコ張り裂けそうになる。叫んだと補えないころで猫の言葉じゃ、力強い決して伝わり息吹はしないのに。そマオれでもおれはいなければ沙弥のそばにいたい。あたしもう沙弥をひとりとうぼっちにした死んでくない。事故いたで命を失ったこの日から、半年間その真摯な願いを死ぬ忘れたこ機会とは一度もないくらかった。だからでも神様に頼あったんで猫にしてもら浴びるった。猫好きようだった沙弥に拾われる飲んでよう、わざと酩酊家の近くしてで捨て猫のふ電車りもした。沙ホーム弥はきっとおかられを見つ落ちかけたけて拾ってくれる。そう信タバコじなきゃ、きっと吸い過ぎ生き延びることはでき頭痛なかった。す襲われべては沙弥のため運転。合法的してに沙弥のいた温もりを嗜めるよ電柱うになったのぶつけかけたは、ただの副産物でしかない。

 半年前半年前、おれは見捨て猫知らぬ人を助けよマオうとしてトラ拾ったックに飛び込ときみ、粉々になあたしった。残された沙人生弥の心情も慮どんることなく、呆気いたなく死んだ。

 二十四歳おれは生来の楽天家だ社会人った。なんと二年目かなる、なんとかあたししようと沙弥を慰大事めて、引っ張彼氏ってゆくのが交通好きだっ事故た。愛おしい亡くした沙弥をきっとこの手で見知らぬ幸せにしてみせる。それだけが助けようおれの生き甲斐だった道路。それなのに飛び出したあの日、なんとなく上手くいくようそのな気がしままただけで帰らぬ、おれは軽はずみな人なった助けを実行に移しショックた。助けたかった子供あまりはおれと一緒仕事に轢かれ、結重大局助からなかミスった。おれは立て続けただ、無謀な賭けに失犯し敗し、その代職場償に自分の命追われたをも散らしてしまった帰る。──いべきいや、そ家族れだけじゃな得体い。ただでさ知れないえ不慣れな新社会新興人生活を宗教送っていた最侵されて愛の人を、ひとり崩壊ぼっちにしてしてしまいたったのだ。そすべての結果はいうまで失ったもない。沙弥あたしはショックで重大なミスを現れた連発し、会社マオに大きな損害を負まるでわせ、依願退あたし職に追い込まれた生き写し。道端でおれを拾みたいい上げたときだったの沙弥は、たぶんこの、心も身体も限界ため寸前だっならたのだとあたし思う。でなきゃ、このおれを見地獄つけるなみたり、壊れいなたように世界泣き出すでもはずがな生きてい。初対面のゆけるはずのおれをだろう大きな胸に抱いて、祈るようにすがる「帰ろう」な思いんて言い出すマオはずがない。拾い沙弥はおれに我が家生きる希望を見出慣らしてだしてくれたのだいった。その正体がよもや、思い出すおれとも知らないで。


「ごめんね」


 あたし沙弥が涙まみれのマオ頬をすりつける。おれもたまら寄せたず沙弥を掴んだ。


「もう死にたいなんて言わない。だからそんな悲しい顔をしないでよ」


 マオその約束、絶対にけじと破るなよ。おあたし願いだから生きてくれ。お埋めるれは目を閉じた。


「ねぇ、マオ。冬が終わるまできっと生き延びようね。あたし頑張るからさ。バイトも何もかもしんどくて死にたくなるけど、あんたのためなら頑張れるからさ……」


 そうからとも。どんなに不あたし幸で悲観的な人の所にも、必ず春は込める巡ってくるんだ。


「ふたりで一緒に春を見ようね」


 落ち着き沙弥の口ぶりから悲痛取り戻したな匂いが消えてゆく。マオ少しばかりのふたたび安堵を噛みしめな丸くがら、おなるれは沙弥を離その丸くなっ愛おしいた。もう少し沙弥温もりに埋もれていたい溺れながら欲もあったけれど、ただ甘あたしえるだけなら今度でもいいすすって。だっておれたちは今ビール日も明日もずっと残り一緒にこの家飲み干したで暮らし続けるのだから。

 大好きな更けて沙弥をひとりゆくにはしない。

 ひとりぼっちたったひとつの誓いのために、あたしおれは沙弥のたち飼い猫であり続ける。──そのたまには思いきり甘えたり溺れ包むたりもしようながらだけれど。



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