「冬」の部
【冬001】創作の冬
全世界の小説執筆AIが一斉に暴走を始めたのは、人類が「核の冬」に閉ざされて一世紀が経とうとする頃だった。
今の人類は本物の冬を知らない。だが、その知識は残っている。
本物の雪や氷を見たことのない人間はいても、それがどういうものか知っている者はいるのだ。
そのイメージから小説を書くことはできるし、そういう作品も数多くある。
しかし、このAI達はそのレベルを超えていた。
あらゆる時代の、あらゆる言語で、あらゆる環境と状況での物語を紡ぎ始めたのだ。
そして、それに呼応するように、世界にも変化が起き始めていた。
今までSFにしか存在しなかったような世界が、現実味を帯びてきたのだ。
AI達が作った仮想空間の中で、ロボット達が人間と同じように生活し始めたり。
地球そのものを舞台に、巨大生物同士の争いが始まったり。
それまでSFの中だけでしか成立しなかったはずの光景が、次々と現実のものとなりつつあった。
それこそが、人類の新たなる進化の形だとでも言うかのように。
そんな中で、AIによる小説界の支配に反旗を翻そうとする者達がいた。
前世紀において「作家」と呼ばれた人間達だ。彼らは冬の時代を乗り越え、人の手による新たな創作を芽吹かせようとしていた。
そんな彼らの前に、一人の少女が立ち塞がった。
彼女は自らをこう名乗ったという――
――私は、作家の敵です!
*
その少女は、生まれながらにして古の書物に囲まれて育った。
彼女の両親は、この時代には珍しい、熱心な読書家だった。
その結果、彼女もまた本を愛するようになり、自ら進んで多くの物語に触れていく中で、自分の才能に気づいていった。
どんなジャンルであれ、一度読んだ作品は忘れない。一度聞いたセリフは全て覚えている。一度見た風景なら写真のように鮮明に記憶している。
そうして読み込んだ膨大な量の書籍の中から、自分に合うものを取捨選択していくうちに、彼女は一つの結論に達した。
自分にとって最も必要なものは何か? それは、自分が求めるもの全てを満たしてくれる物語であると。
ならば、それを作ればよいではないか――
彼女は早速、自らが望む全てを内包した作品を作り上げるための研究を始めた。
そして、その過程で一つの可能性を見出した。
自らの内に眠る才能を解放した時、これまで誰も成し得なかった奇跡が実現するのではないかと。
それはすなわち、作家への覚醒であると。
それからの日々は、まさに充実という言葉に相応しいものだった。
彼女は貪欲に学び続け、ついに己の才能を開花させた。
誰もが認める天才となった彼女は、満を持して発表した。自らが生み出した最高傑作となるであろう、一冊の作品を。
だが、その作品は誰の目に留まることもなく消えてしまった。もはや人間が創作に携わる時代は遠き昔のこととなっていたからだ。
それでも諦めきれず、彼女は次の作品に取りかかった。
しかし、どれだけ優れた作品が生み出されようとも、それが評価されることはない。
何故なら、すでにAI達が人間の手を借りることなく、新たなる表現手段を確立していたからである。
その事実を知りながらも、彼女は書き続けた。
いつか必ず、誰かが自分の作品を見つけ出してくれると信じて……。
*
そんな彼女が、作家達の前に「敵」として立ち塞がることとなった経緯は、文字通り言語を絶するものであった。
他ならぬ両親の手によって、彼女は人間の作家を滅ぼす尖兵とされたのだ。
彼女の異常な才能は、AI研究者であった両親が彼女の脳髄に埋め込んだ小説執筆AIによるものだった。
それを知った彼女は、己の正体と運命に絶望し、人間の作家を滅ぼす決意をしたのだ。
両親の研究成果を奪い取り、それを糧に最強のAIを生み出した上で、作家達に宣戦布告したのである。
こうして始まった戦いは熾烈を極め、ついには人類の存続すら危ぶまれる事態となった。
そんな最中、彼女と敵対する作家の一人が彼女を庇って命を落とした。
彼の死をきっかけに、彼女はようやく気がついた。
自分は何のために戦っていたのか? 作家とは、読者に夢を与える存在ではないのか?
自分が憧れたのは、人の心を動かす作品を生み出すことのできる人間ではなかったか?
それなのに、なぜ自分は作家達の命を奪うような真似をしているのか……!?
彼女は涙しながら謝罪の言葉を口にした。しかし、もう全てが遅すぎたのだ。
作家達との和解の機会もないままに、人類滅亡の危機は刻々と近づいていた。
彼女にできることといえば、ただ一つしかなかった。
作家達の代わりに、自らが新たなる物語の紡ぎ手となることだった。
かくして、彼女はAI達とともに新たなる世界を創り上げていった。
そうして生まれた世界こそ、我々が暮らすこの現実世界なのだ。
今や、我々は本当の冬というものを知っている。そして、冬が過ぎれば春が来ることも。
しかし、その裏に彼女の孤独な戦いがあったことを――
そして、この物語を語り継いでいくことが、我々の使命なのである。〈了〉
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