【冬036】クリスマスに牛すじを炊く

 五百グラムの牛すじ。

 まず、水から炊く。

 沸いてくると灰汁が大量に出てくるので、沸騰したらすぐにざる上げする。

 使った鍋を綺麗に洗い、再び水を入れ、今度は牛すじと一緒に生姜をスライスしたものと葱の青い部分も放り込む。生姜は皮つきもままで構わない。

 ここから弱火でじっくり二時間ほど炊いていく。

 すると固く筋張っていた牛すじがとろりと柔らかくなる。

 柔らかく、か。

 もしそうだったら状況は変わっていたのだろうか?

 段ボールで補修した窓の隙間からジングルベルとともに師走の冷たい風が吹き込んでくる。

 テーブルの上に置いたままになっていたガムテープで隙間を塞ぐ。

 ハードカバーの本は、女性が投げつければ窓ガラスが割れるぐらいにはどうやら固いらしい。

 牛すじは不思議な食材だ。

 焼いただけじゃ固くて食えない物が、長時間煮ることで柔らかくなり、同時に旨味を醸しはじめる。

 そんな風になれればよかったのだろうか。 

 別の鍋で湯を沸かす。

 冷蔵庫からこんにゃく二パックを取りだし、沸いた湯の上で一口大にちぎって放り込んでゆく。

 今のこんにゃくは下茹でしなくても使えるらしいが、なんとなく習慣で下茹でしてしまう。

 こんにゃくは面白い食材だ。

 無論、こんにゃく芋から作られるわけなのだが、この芋にはシュウ酸という毒が含まれていて元来食えないらしい。それを乾燥させすりつぶして水で捏ねて、石灰の入った水で炊いて毒を抜くことでようやく出来上がるそうだ。最初に作った人はどうやってこんな面倒くさい工程を思いついたのだろうか。

 独特の食感。腹持ちが良いわりに低カロリー。こんにゃくは身体の砂払いといって、消化されない水溶性の食物繊維を含んでいるので便秘解消にもいいらしい。世界中には色々な食材があるだろうが、こんにゃくの面白さはかなり上位に入るだろう。

 面白い、か。

 確かに面白い女だったな。

 こんにゃくの下茹ではすぐに終わり、岡上げして水気を切っておく。

 牛すじが柔らかくなるにはまだまだ時間がかかる。

 なんとなくテレビをつけてみたがどの番組にも興味が持てず、久しぶりに『レオン』のDVDを流してみる。何度も見たが、そういえば一人で見るのは初めてかもしれない。大人になっても人生はつらいの? マチルダは少女の姿をした大人の女だと思う。

 中盤まで見たところでタイマーが鳴った。

 牛すじを鍋からざるに引き上げる。粗熱が取れたらまな板で一口大にカットしていく。

 鍋の中の煮汁は捨てない。この中に牛すじから出た旨味が溶け込んでいるからだ。

 煮汁を軽く漉してから、醤油、みりん、酒、砂糖、鷹の爪を投入。

 沸騰したところへ牛すじとこんにゃくを入れてさらに炊く。

 今日はクリスマス。

 街は賑やかお祭り騒ぎ。

 はは、まさか一人で牛すじを炊くことになるとは思わなかったよ。

 軽く味見をする。少し塩。うん、いい感じだ。

 小鉢に盛って、缶ビールのプルトップを開ける。

 『レオン』はもう終盤だ。観ながら牛すじをつついてビールを飲む。

 うん。とろりと柔らかい。こんにゃくとの相性もばっちしだ。もう一晩寝かせれば、もっとこなれた良い味になるだろう。

 相性か。良かったよ。とても。

 毎日楽しかった。

 でももう割れたガラスだ。

 段ボールで塞いだところでだ。

 でも今日は牛すじだ。

 美味しい美味しい牛すじが炊けたよ。

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