【春027】ミャクミャクマン

 2025年4月13日、大阪万博、開幕。この日から世界中が熱狂の渦に包まれる。その渦の中心は、この日本であることは間違いない。


 だが、現代には困った問題がある。


「キャー禍威人よ! 」


 煮詰まった人間社会は人間をも歪めていく。その究極の形が禍威人だ。


「……No Poverty」


 70メートルはある異形の巨人。グロテスクな人間の群れ。人間社会が達成できなかった未来が、人間を禍威人へと変えるのだ。 


「Zero …… Hunger」


 ビルを壊し、食いつぶしながら進撃する禍威人。人間はそれに対抗する手段を一つしか持たない。


「行きなさいミャクミャク! 」


 謎の女の声とともに、赤と青の異形が姿を現した。


「みゃく〜」


 土地神っぽい名前が人気の公式キャラクター、ミャクミャクである。キモかわいい、不気味かわいいと評される魅惑のボディは大きさが自由自在。巨大化し、禍威人に飛びつく。


「みゃ〜く〜! 」


「Good Health and Well-Being」


 言葉と正反対のビームを繰り出す禍威人。


「みゃ⁈ 」


「Quality Education.からーのー」


 元になった人間の自我がはみ出している禍威人。破壊の衝動は誰でも持っている。彼女は会社をぶち壊し、クソ上司を殴りたかったのだ。


「Gender Equality」


 ちゅどーん。


「みゃー‼︎ 」


 なすすべもないミャクミャク、いや人間社会。そう、緩やかに滅びゆく社会の中で持続可能性など忘れ去られた。この世界は、万博がなぜ開かれているのかすらわからない、ディストピア世界線だったのである!


「みゃくぅ」


 絶体絶命かと思われたミャクミャク。そこに一つの影が現れた。


「みゃく⁉︎ 」


 なんだこれは! そう、それは旧万博マスコット……ではない建造物、太陽の塔である!


「みゃく、みゃく」


 太陽の塔の背中は過去を見ている。だが太陽の塔は逃げない。『信念のためには、たとえ敗れると分かっていても、おのれを貫くそういう精神の高貴さがなくて、何が人間ぞと僕は言いたいんだ』そう、岡本太郎も言っていた。


 別に戦ってくれるわけでもなんでもない太陽の塔を見ながら、ミャクミャクは考える。己の信念とはなんなのか。己が生まれた意味は。


 ……そうだ。まだミャクミャクという名がなかった頃、その使命が名前であった。 


「いのちの、輝き」


 ミャクミャクを眩いばかりの光が包む。万博のパビリオンが、ビル群が、禍威人が、太陽の塔が、光の中に消えていく。


 ただ、春の自然が、いのちの輝きだけがそこに残った。

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