【秋013】Fallin' into you【GL要素あり】
今日は始業式。
夏休みの間、私は嶋貫さんに連絡を取らなかった。
背が高めで頼り甲斐のある、一言で言うと姉御肌な性格の嶋貫さん。
運動が得意なだけでなく、深い知識もあって話していて楽しいし、幸せな気持ちにさせてくれる。
正直な話、私は嶋貫さんに恋しているわ。
こんな素敵な人に相応しい人間になりたい。私も私を誇れる人間になりたい。
そう一大決心して、この夏休みは何処にも遠出せずに一つの事に集中する事にしたの。
長期休暇は一つの事を成し遂げるための時間が取れるものね。
嶋貫さんもそれを分かってくれてたのかもしれない。
この夏休みは用事があって連絡できないと伝えたら笑ってくれたわ。
嶋貫さんも何か集中したい事があるのかもしれないわね。
始業式で私は嶋貫さんの姿を見なかった。
違うクラスで広い体育館なんだもの。嶋貫さんの姿が見当たらなくても仕方ないわよね。
だけど大丈夫。
始業式の後のホームルームの後、屋上で嶋貫さんとお話しする約束をしているんだもの。
焦らない焦らない。それまで早打ちしている私の心臓を落ち着かせて待っていればいいだけよ。
私の気持ちを伝えたら嶋貫さんはどう思ってくれるかしら。
嶋貫さんと同性愛についての話をした事はなかった。あえて話す事でもなかったもの。当然よね。
嶋貫さんが異性愛者の可能性はあるし、その可能性の方が高いのかもしれない。
でも、私は私の気持ちを嶋貫さんに伝えようと思う。
この夏休みでずっとなりたかった自分になれたんだもの。
嘘偽りのない私で、嘘偽りのない私の気持ちを伝えたいわ。
☆
ホームルームが終わってよく晴れたお昼前の屋上。
屋上には一人の見知らぬ男子生徒が立っていた。
それはそうよね、屋上で待ち合わせする生徒なんていくらでもいるもの。
男子生徒が一人くらいそこに居たって何の不思議もないわ。
何の不思議もない……のだけれど、私はちょっとした違和感を覚えてしまっていた。
この男子生徒の外見、立ち振る舞い、どこかで見た、とても懐かしい感覚があるのよね。
男子生徒の方も私と同じだったみたい。
首を傾げてしげしげと私を見つめて、少し驚いたように口元を両手で押さえた。
その仕種で、私も分かってしまったの。
私たちの大きなすれ違いに。
「石飛くん……かい?」
「嶋貫さん……よね?」
嶋貫さんに兄弟がいるという話を聞いた事はないし、私の事を知っている以上、目の前に居る彼は嶋貫さんで間違いないんでしょうね。
嶋貫さん……、いいえ、今は嶋貫くんかしら。
嶋貫くんは軽く苦笑してその短く切り揃えられた髪を触った。それは私のよく知る嶋貫くんの癖だった。
どう反応したらいいのかしら。
私は何となくその場で回転して、履き始めたばかりでまだ慣れないスカートを翻して見せた。
「私ね、スカートずっと履きたかったの。似合う?」
「うん、よく似合っているよ。俺の方もどうかな。昔ながらの学ラン。実はこれが着たくてこの学校に入学したんだ」
「素敵よ、嶋貫くん」
誉め合ってから、沈黙する。
嶋貫くんにフラれる覚悟はしていたけれど、まさかこんな展開になるなんて思っていなかったもの。
でも、そうよね。夏休みは一つの事を成し遂げるのに十分な時間があるものね。
性自認一致手術を受けるのが私一人であるはずもない。
と言うか、私のクラスにもこの夏休みで手術を受けた子が三人居たもの。
手術を受けたのが私だけだって考える方がおこがましい話よね。
私は肉体は男の子として産まれてきたけど、心はずっと女の子だった。
幼い頃はちょっとした違和感程度で済んでいたけど、中学生になる頃には肉体に対する違和感で立っているのも嫌になるくらいだった。
そんな私を支えてくれたのが誰あろう嶋貫くんだった。
いつも自信を持っていて自分らしい自分であろうとしてくれていた。
そんな嶋貫くんを見て、私も本当の私になろうと思えたのよね。
本当の私になって嶋貫くんと素敵な恋ができたら……なんて、そんな夢を見ていたの。
だけど、嶋貫くんも私と同じく自分の肉体に違和感を持っていた。
それでこの夏休み、私と同じように性自認一致手術を受けたのよね。
どこまでもすれ違ってしまっている私たち。
だけど……。
「ふふっ」
「はははっ」
私が思わず微笑むと嶋貫くんも笑ってくれた。
今の私たちって逆にロマンチックじゃない?
だって、すれ違い過ぎて、逆に気が合ってるんじゃないかって気がしてくるくらいなんだもの。
私は女性としての嶋貫くんが好きで、本当の女の子の姿で女の子同士で恋愛したかった。
もしかしたら嶋貫くんも私と同じように考えていたのかもしれない。
嶋貫くんは男性としての私が好きで、本当の男の子の姿で男の子同氏の恋愛がしたかったんじゃないかしら。
それはもう叶う事のない夢になってしまったけれど……。
それはそれで、私たちの絆みたいなものを感じられた。
だって二人とも夢に向かって一生懸命頑張ったんじゃない。
思っていたのとちょっと違う結末を迎えたって、なろうとした本当の自分にはなれたんだもの。
夏休みが終わって、恋愛の秋はまだまだこれから。
お互いに今から異性愛者にはなれないかもしれないけれど、一生のお友達にはなれる。絶対なれる。そんな気はしているの。
まだまだ暑い秋の風に吹かれながら、そんな事を二人で話し合っていきたい。
これはそんな、秋の始まりの一幕。
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