【冬014】楽園の扉【性描写あり】
「何でも好きな事を叶えてあげますです!」
三年前のクリスマス、珍しく雪の降る街中であの天使はそう言った。
天使のはずだ。翼を背中に生やして空から舞い降りてきたんだから。
コスプレした痛い女の子かとも一瞬思ったけれど、その考えは即座に振り払った。
露出の多い甘ロリファッション、鮮やかなピンク色の長髪、金色と銀色のオッドアイ、均整の取れたプロポーション。そしてほどよい巨乳。
正直、コスプレした地雷女でも構わなかった。それほどまでに俺の好みのタイプの女の子だった。
キモいオタク趣味と言ってもらっても構わない。実際、高校生だった頃の俺はそれはそれはキモいオタクだったのだから。
「何でも……、本当に何でも叶えてくれるのか?」
「はいです! 今年のクリスマスはサンタさんの特別サービスで、抽選で十名様に私みたいな天使が派遣されているです!」
アニメ声の甘い声に頭が酩酊する気分を感じながらも、沸々と湧いてくる欲望を止められない。
雪が降るクリスマス、俺の前に颯爽と舞い降りた美少女。まるで巷に溢れるラノベじゃないか。
三年前の俺は童貞だった。性格も外見もキモいオタクだったんだ、当然だ。体重も三桁に迫っているくらいだった。
だから、好きな事を何でも叶えてくれると宣う女の子への要求なんて一つだけだった。
実際、俺以外のほとんどの人間でもそうすると思う。
「た、例えばエッチな事でも……いいのかな?」
「もちろんです! 最高の快楽へご案内しますですよー!」
無邪気に巨乳を揺らす天使の美少女。
騙されているかもとは思わなかったし、もしも騙されていても構わなかった。
後で黒服のお兄さんたちに殺されようとも、この女の子で童貞を捨てられれば満足に逝けそうだったとすら思えた。
そうして俺は三年前のクリスマス、天使の美少女と夢のような肉欲の一日を過ごしたのだ。
☆
「あの子、また来てくれねえかなあ……」
三年振りに降るクリスマスの日の雪を見上げながら、呟く。
結論から言おう。
あの天使の美少女は全く嘘を言ってはいなかった。
最高の肉体と最高の技術と最高の奉仕で俺を快楽の楽園に連れて行ってくれた。
何度射精したか分からない。俺は言葉通り涸れ果てるまで彼女の肉体と快楽に溺れた。
天使の何らかの特殊能力も関わっていたのかもしれない。
数時間で十度以上の射精を達成できるなんて異能以外の何物でもないはずだ。
断言してもいい。人間が到達出来る最高の楽園を俺は経験した。
目を覚ました時、彼女はいつの間にか姿を消していた。
「いいクリスマスを過ごせたみたいでよかったです」
そんな彼女の言葉が浮かんだ気がしたが、それは錯覚だったのだろうか?
そんなこんなで三年、俺はあの経験を機に変わった。
自分がどれほど浅ましい人間だったのかを自覚した俺はダイエットを始め、オタク趣味も捨て、勉学に励んだ。
ファッションにもこだわり、一流大学に入学したし、ゼミの教授からも期待されていると感じるのは慢心ではないはずだ。
彼女だってできた。彼女を思いやれるし、レディファーストも心掛けられるし、自分の欲望だけを優先する最低の童貞だった頃とは別人と言っていいだろう。
傍から見れば順風満帆の大学生活だろうと思う。
けれど、俺の胸は全く満たされないでいた。
あの天使の美少女を忘れられないから?
それはある。俺はまたあの天使の美少女と再会したい。再会したくてたまらない。
再会して、
またあの楽園に導いてほしいのだ。
何なら別の天使で、美少女でなくたって構わない。あの楽園を再現さえしてくれればそれでいい。
虚しいのだ、何をしていても、成功しても、性交していてすらも。
彼女と性交していて射精はする。するだけだ。何の感慨すら湧いてこない。単なる肉体の反応で汗を搔くようなものだ。
当然だった。あの天使の美少女は持てる限りの技術と異能を以てして俺を最高の楽園に導いてくれた。感度三千倍どころじゃない。それ以上の快楽を俺は経験した。
だとしたら、どうなる?
最高の快楽を経験してしまった人間はどうなってしまう?
こうなるってわけだ。
正直な話、何もかもが虚しくて仕方が無い。社会的な成功もハーレムも虚しいだけ。お笑いで笑う事もできやしない。裏で手に入れてみた覚醒剤すら欠伸に値する。
あの天使の美少女が与えてくれた楽園を反芻するだけ。それしか出来ない人間になっていく。
その証拠に、俺はあんなに焦がれた天使の美少女の名前と顔すらもう思い出せない。
あんなに名前を呼びながら、キスをしながら、快楽に溺れていたはずなのに。
「そう言えば……」
三年振りの雪のクリスマスの中で、何となく思う。
これって何かの映画のエンドロールみたいだな、と。
人生の到達点を迎えた者の後ろでひたすら流れるエンドロール。
それが、楽園の扉を開いた人間の、末路なのかもしれない。
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