【冬015】裸エプロン野郎と魔術的大実験


天井裏に置いてある絵から変なオッサンが出てきた。

紅葉で色づく森の中、水浴びをしていた男女の絵だ。

祖父が製作途中で放り投げてしまったものだ。

心をへし折られるほどの何かがあったらしいけど、それ以上は語ろうとしない。


祖父が画家を目指していたことは黒歴史となっている。

作品のほとんどは処分されたが、祖母が気に入った作品は残された。


年末の大掃除の際、天井裏にある絵を祖父の部屋に運び出した。

布がかかった数枚のキャンバスに手をかけた。


「……本当にここから出てきたんだな?」


「確か、晋太郎とか言ってたかな」


絵から出てきた全裸の男は散々文句を言った末に帰って行った。

全体的にバランスが悪いとか絵を完成させろとかいろいろ言っていた。

そのことを説明すると、祖父は天を仰いだ。


「片付けろって言ったよなあ、俺」


「せっかく描いたのに捨てるのもどうかと思って。あんなに綺麗なのに」


「いや、あんなの取っておいてもしょうがないだろ」


「けど、絵の中から人が出てくるなんてね~。どういうことなのかしら」


「なんか絵を完成させろって言ってたけど」


「……まだ有効だったんだなあ。どうしたもんか」


腕を組み、頭をぐるぐると回す。


「結局、あの人なんだったの」


「オカ研が生み出した契約魔法だ」


「は?」


「聞いてくれ、話はこれだけじゃないんだ」


大学にはオカルト研究部、通称オカ研があった。

心霊現象や魔術と呼ばれる技術ではなく、芸術について研究していた。

作品に込められた作者の心理を理解することで、作品制作に役立てようというのだ。


様々な作品を分析していくことで、彼らは一つの事実にたどり着いた。

どんな名匠でも〆切との戦いからは逃れられなかった。

オカ研は画家がこの問題にずっと悩まされていることを突き止めた。


家族であれマネージャーであれ催促する人物は必ずいた。

製作スケジュールを立てるも果たせない画家のなんと多いことか。


実際、この大学にも〆切を守れない学生が多かった。

祖父もその一人だった。何かと理由をつけては作品制作をサボっていた。

課題ならまだしも大規模な作品展ともなると話が違う。


作品展を主宰してくれた人たちに迷惑がかかるし、後輩たちの活躍の場所が奪われてしまう。そこで、オカ研はという名の魔法を構内全域に仕掛けた。


絵画で使用するすべての道具に魔法をかけたのだ。

芸術を研究する傍らで、オカルト研究の本分をきっちり果たしていた。


彼らが秘密裏に行ったは、とてつもなく偉大でとんでもなく不可思議なものだった。


道具たちは意志を持ち、描き手へ口を利くようになった。

描かれているものは、誰よりも強い意志でもって絵を完成させようとした。

人物だけに限らず、生き物や静物までもが画家に口出しするようになった。


より美しく描くためのアドバイスから扱いに対する批判まで、構内がとても騒がしくなった。いつしか、オカ研究が仕掛けたは学生の間で契約魔法と呼ばれ、絵を完成するまでうるさく喋り倒される羽目になった。


祖父の描いた絵に出てきた晋太郎はオカ研が生み出した契約魔法の一つで、未だに完成を待ち望んでいる。


「当たり前のように魔法が出てくるなんて、どんな大学なのよ」


「オカ研は確かに奇妙な連中だったよ。でも、芸術に対してかなり真面目だった。

〆切順守をモットーにしていたし、あんなことをしでかすような奴らには見えなかったんだ」


「情熱の矛先をまちがえたってことかしらね~」


「てか、今もその魔法があるってことはさ」


「描きあげないといけないんだろうな……数十年前のキャンバスなんて使い物にならんはずだが」


「言われてみれば、すごく綺麗な状態で残っているのよね。

ちゃんと見たほうがいいかもしれないわよ」


「どうすんの、また出てきちゃうかもよ。あの人」


「……」


絵が完成されない限り、あの中で待ち続けているのだろう。

そう思うと、不憫でならない。

祖父は黙りこくったまま、部屋から出て行ってしまった。

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