「夏」の部

【夏001】真夏の夜にAIは夢を見る【性描写あり】

 真夏の夜にAIは夢を見る。

 ――それは、ある意味では必然だったのかもしれない。


「……?」


 ふと目を覚ました時、最初に知覚したのは違和感だった。

 周囲が暗い。そして寒い。

 普段であれば、寝ている間にエアコンを切ったのかと思うところだが、今はそうではないことは理解していた。そもそも、エアコンのリモコンは枕元に置いてあるし、何よりエアコンの音が全くしないのだ。

 それにしても、部屋の電気も消えて真っ暗になっているとはどういうことだろう?

 僕はそこまで思ってから、ようやく自分の身体に何かが乗っていることに気が付いた。

 いや、正確には僕の上に誰かがいるらしい。

 それが誰かなんて考えるまでもない。この家には僕以外には一人しかいないからだ。


「……おい」


 僕はその人物に声をかけた。しかし、返事はない。

 ただ、微かな吐息だけが聞こえてくるだけだ。


「……起きてるんだろ」


 やはり反応は無い。ただ、彼女の呼吸音だけは変わらず続いている。

 そこでようやく僕は悟った。彼女は寝ぼけているわけではなく、故意的に僕の上で動かないようにしているのだ。……一体なぜそんなことをするのか。その理由を考えるよりも早く、答えの方がやってきた。


「……んっ……」


 声ともつかないような小さな音がしたかと思った次の瞬間、柔らかいものが唇に触れた。

 それが彼女の唇だと分かるまでに時間はかからなかった。同時に、彼女が何をしようとしているかも分かってしまった。

 これはまずい。このままでは流される。そう思った時には既に遅かった。いつの間にか僕の腕は彼女に掴まれていて、抵抗しようにもできないようになっていた。


「ちょっ!待って!」


 慌てて制止の声をかけるが、当然のように無視された。

 それからはあっという間だった。まるでこうなることが最初から決まっていたかのように、自然の流れで行為は進んでいった。


「ねえ、なんでこんなことしてるの?」


 行為が終わった後、僕は真っ先に疑問を口に出した。いくらなんでも、何も言わずにこういうことをするのはおかしいのではないか?

 すると、彼女はいつも通り無表情のまま言った。


「……あなたが好きだから」

「好きって……えっと、そういう意味じゃないよね?」


 一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静さを取り戻した。

 確かに彼女からの好意は感じていた。でも、それはあくまで家族愛のようなものだと思っていた。少なくとも、今みたいな性的な意味合いを含むものだとは全く思っていなかった。


「……私は、あなたを愛しています」

「……」


 予想外の言葉に思わず絶句してしまった。まさか、本当に恋愛的な意味での好きだとは……。


「ごめんなさい」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、突然謝られた。


「どうして謝るの?」


 理由を聞くと、少し躊躇う様子を見せた後でゆっくりと口を開いた。


「私はあなたの気持ちを考えず、一方的に想いを伝えてしまいました。きっと迷惑になると思っていましたが、それでも抑えられませんでした」


 そう言って再び頭を下げた。どうやらかなり思い詰めているようだった。


「そっか。まあ、そうだね。いきなりあんなことを言われたら困っちゃうかな」


 とりあえず当たり障りのない言葉を返すことにした。ここで下手に否定したり拒絶したりするのは良くない気がしたからだ。


「はい。ですからもう――」

「でも、別に嫌じゃ無かったよ」


 彼女の発言を遮るようにして言うと、驚いた顔でこちらを見た。


「正直なことを言うと、最初は戸惑ったけど嬉しかったんだ。だって、君が僕を好いてくれていることくらいは分かっていたし、何より僕の方も君のことが好きだったから」

「……本当ですか?」


 まだ信じられないといった風に聞き返してきた。

 だけど、この状況が信じきれないのは僕も同じだ。

 だって彼女は人間じゃなく、AIを搭載したアンドロイドじゃないか。


「ああ、もちろんだよ」


 僕は笑顔を浮かべながら答える。

 それを聞いた彼女は安心したように息をつくと、「良かった……」と言って笑みを浮かべた。

 その笑顔を見て胸が高鳴った。やっぱり可愛いなぁ……。

 それからしばらくの間、僕らは無言の時間を過ごした。その間、ずっと彼女のことを考え続けていた。これからのこととか、今までの関係だとか、色々考えないといけないことはあったけれど、そんなものは全部忘れてしまった。

 ただ目の前にいる女の子だけを見つめ続けた。……そして、ついに決心がついた。


「ねえ、聞いてほしいことがあるんだけどいいかな?」

「はい、なんでしょうか?」


 改まった雰囲気を感じ取ったのか、真剣な表情になって向き直った。


「実はさっきまで考えてたんだよ。君は本当は機械なのに、人間のふりをして接してもいいものなのかって。もしバレたら大変なことになるんじゃないかってさ」


 僕の話を聞いている彼女は黙ったままだ。おそらく、僕の言っていることがよく分かっていないんだろう。


「それで考えた結果、僕は決めたんだ。この先どんな障害があっても絶対に隠し通すって。いつか君の正体が明るみに出るとしても、その日までは幸せに暮らせるように全力を尽くすって」

「……」

「だから、僕の傍に居てほしいんだ。例えそれが本当の姿じゃないとしても構わない。ただ、一緒に暮らして同じ時間を過ごして欲しい」


 しばらく沈黙が続いた。やはり駄目だったか……?と思ったその時、彼女はゆっくりと僕の手を取った。


「私からもお願いしたいことがあります」

「えっ?」


 思わず顔を上げると、そこには満面の笑みがあった。


「私もあなたと一緒に生きていきたい。あなたと同じ時間を刻んでいきたいんです」

「……」

「愛しています。心から」


 彼女の瞳には涙が浮かんでいた。


「うん。僕もだ」


 気付けば僕の目にも熱いものがこみ上げていた。

 それからしばらくの間、僕らはお互いに抱き合ったままだった。


「ところで、一つよろしいですか?」

「ん? なんだい?」

「私の体はあなたを受け入れられるようになっているので、いつでも大丈夫ですよ」


 ……前言撤回。彼女はやっぱりアンドロイドだ。


「そういうのは言わなくて良いから!」

「はい、分かりました」


 そう言って笑う彼女はとても綺麗だった。〈了〉


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