【夏002】終わらない夏休み
タイムパフォーマンスって知ってるかい?
コストパフォーマンスが費用対効果ってのは知ってるだろ?
要は、費やした時間に対する効果、満足度ってことさ。
最近じゃファスト動画とか、まとめサイト、マンガのネタバレなんかもこういった感覚の派生物なんだと思うよ。
手っ取り早く結果を知って、次から次へ新しいモノを取得する。
これだけ情報に溢れた時代ならそれも仕方ないと思うけどね。
で、中にはさ、そうやって空けた時間を何に使うかっていうと、なにもせずボーっとする人も多いらしいよ。スローライフとか、ソロキャンプが流行るのも一人で何もしない時間を満喫したいからだろうね。
人生を、場面によって全力疾走して、それ以外をできるだけゆっくり歩く。
定速でじっくり生きている人には不思議な感覚かもしれないけどさ、要は体感時間を意図的にコントロールしたいってこと。
嫌な時間は一瞬で、楽しい時間を長く得る。
これこそが人生の正しい歩み方だと思うんだ。
たださ、どれだけ感覚や行動を調整したところで、一日は倍にはならない。
時計を眺めてみれば分かる。秒針が一秒間で進む距離は一秒分だ。
長く感じたり、短く感じたりってのはあっても、それはただの勘違い。
でも、もしそんな時間っていう流れっぱなしの概念に、ダムのような機能をもたせられたらどうだろう?
いや、流れる総量は変わらないよ。
外界で流れる時間の速度は常に一定だ。
ただ、それを知覚する速度を可変できたとしたら?
簡単に言ってしまうと、僕は結果を一瞬で得られるんだ。
具体的に言うとね、夏休みが始まった瞬間に夏休みを終えることができる。
四十日をスキップできるんだ。その間に起きた出来事はもちろん存在する。毎日ラジオ体操にも行ったし、プールにも夏祭りにも行った。
笑えるのは夏休みの最終日にも宿題が残ってるあたり、僕らしいなと思う。
どれもこれも記憶にはしっかり残ってるけど、それを体感した時間は存在しない。
僕はこれを『貯蔵』って名付けた。
そう、体感時間を貯めているんだ。
そして貯めた体感時間を任意の場所で使うことができた。
これを『放流』と呼んだ。
美味しいモノを食べている時間、ライブで盛り上がっている時間、試験やテストといった時間、そして恋人と過ごす時間などに使ったんだ。
一度、男子にとって最高の瞬間(すぐに賢者になっちゃうヤツ)を丸一日分味わった時は、本気で死ぬかと思った(笑)最高の瞬間だからって味わい過ぎるのもよくないなと、肝に銘じたよ。
僕はそうやって、くだらない時間の多くを『貯蔵』し続けたんだ。
いろいろな経験を重ねてみると、多くの場面を無駄に感じられて『放流』する機会は減っていった。
だって、善し悪しはともかく、毎日の仕事だって一瞬で終わるんだ。そしてその記憶は残っていて、仕事の結果は及第点で、僕は長い時間をかけて毎日を過ごすことに興味を覚えなくなっていた。
着替える、朝ご飯を食べる、テレビを観る、通勤する、買い物や映画や読書など、どれもこれも無駄な時間に思えた。
そうやって僕は気付く。
この能力は、死ぬ間際にこそ、その真価を発揮すると。
『貯蔵』してきた時間はおそらく数十年分はあるはずだ。
それを、今わの際に使おう。
そうだ。
もう一度夏休みを味わおう。
どこかの夏で体感時間を『放流』するんだ。
何十年経っても終わらない夏休みを体感してやろう。
=== ===
夏の日。
灼けるような陽光。
僕は孫の介助を受けながら庭に出て、その輝きを仰ぎ見る。
「暑いねぇ、おじいちゃん。家の中に戻ろう」
孫の提案に頷く前、世界が止まった。
風も、体も、呼吸も、音も、厳密に言えば止まった訳じゃなく、止まったと感じるほどの速度で思考が働いているだけだ。
最後の瞬間に溜めていた体感時間が『放流』されただけだ。
そう、体感。
溜めておいたのは感覚に他ならない。
自然の摂理の中にあるものは、何もかも定速の時間の中に存在する。
僕は何十年に渡り、知覚する時間を貯めこんでいただけだ。
皮膚が感じる灼熱を、老いた瞳を焦がす太陽の眩しさを、僕はこれから数十年分味わうことになる。
思考だけが動き、動かせない肉体という牢獄の中で。
僕が尽きるまで、
最後の夏休みは終わらない。
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