【夏008】夏の蜥蜴【残酷描写あり/暴力描写あり】
じりじりと照り付ける白い陽射しの下、俺は相棒と共にいつものように切り立った崖の上で今日も獲物を待ち伏せている。
さっきは小さな
風もなく耳が痛くなるような静けさに、ふとガタゴトいう音が混じった。ぶるぶるという、かすかなエンジン音も。
ほどなくして赤茶けた地平線の向こうに、黒っぽいしみがいくつか見えてくる。
車列の前から二番目。その一両のみを狙撃するよう命じられている。
観測器を覗きこみ、読み取ったデータを彼に伝える。彼はこくりと頷くと、その丸い目をすぅっと細めて
こうなると彼は過集中状態に陥って、標的以外はまるで見えなくなる。
代わりに周囲を警戒するのが
彼の持つ
だからそうなる前に俺が彼を守らなければ。何があっても、絶対に。
白兵戦には参加せず、遠方から目標を一方的に狙い撃つ
捕獲されれば捕虜として扱われる事はまずあり得ない。間違いなく死んだ方がマシだという目に遭わされながらも簡単には死なせてもらえず、延々といたぶられ続けるのが常なのだ。
そうやって
いや、俺が彼を完璧に守れば良いだけだ。どんな敵からも、絶対に。
遠い故郷の村を出る時、そう誓った。
自ら立てたたった一つの
故国はとうの昔に瓦解して、生まれ育った村は貧困と憎悪に飲まれてもう二度と帰ることはかなわない。
部族の掟に縛られて、帰るべき場所を失った俺は、棄てたはずの掟をよすがに生きている。
この広い世界で、彼の隣だけが俺に許された居場所なのだ。
他の誰でもない、この俺自身がそう決めた。
とりとめもない事を考えている間にも、五感は周囲の情報を敏感に拾っていく。任務の妨げになるものがあれば、瞬時に取り除かねば。
十分以上は経ったような気がするが、実際にはほんの数秒にも満たなかっただろう。
くたびれた紙袋を叩き潰すような気の抜けた破裂音と共に、かすかな蒸気の跡を曳きながら7.62mmRの弾頭が飛びだした。
破壊の意志だけを背負って秒速800mの速さで突き進む。
続いて響いた轟音。観測器を覗くと炎上した車両から人型の焔がいくつか転がり出た。後続車両が止まりきれず、追突して同じように炎上。
更にいくつかの破裂音が響き、急停止した無事な車両から飛び出す人型が、音と同じ数だけ脚や腹を押さえて転がりまわる。
どうやら現場は消火と救助に手一杯で、こちらにまでは目が届いていないようだ。
「任務完了。嗅ぎつけられる前に行くぞ」
彼の耳元で低く囁くと、這いつくばった姿勢のままゆっくりと後退する。
カタツムリよりはいくらか早いが、興奮したカブトムシよりははるかに遅いペースでじりじりと後じさって、灌木の茂みの陰に入ったところで慎重に立ち上がる。
警戒を解かぬまま斜面を下り、渓谷に続く小さな窪地に落ち着いてようやく大きく息をついた。
目を合わせると肘をすり合わせるいつもの合図で笑いあう。今日も無事に任務を達成できたようだ。
「これで少しは空爆もマシになるかな?」
「わからん。輸送ルートはこれ一つではないはずだからな」
今日狙撃したのは政府軍の輸送部隊。この渓谷を抜けた先の基地から飛び立って仲間の本拠地に爆撃をしかける重武装ヘリに必要な特殊な航空燃料を積んでいた。
ここで燃やしてしまえば、それだけ村に降り注ぐ爆弾の数は減らせるはず。
ぐるぐると山中を遠回りしながら帰投すると、部隊長に労をねぎらわれた。どうやら思っていた以上の戦果を得られたらしい。
「ふぅ、今日も疲れた」
手早く銃の分解清掃を終わらせて、丁寧に組み立てながら彼が言う。
「たしかに緊張したな」
俺も武器と測量機器をチェックしながら言うと、しばらくは心地よい沈黙がその場を支配した。
かちゃかちゃと、部品のこすれる音がかすかに響くことしばし。
二人とも装備の点検と整備が終わった。
「そろそろ晩御飯にしよう。食べたいものはある?」
軽く伸びをしてから言った彼の笑顔にほっとする。
ああ、今日も生き延びられた。
「いけない。お祈りの時間だ」
慌てて礼拝用のラグに二人並んでひざまずいて神に祈る。
今日もお守りくださってありがとうございます。
どうか明日も無事でありますように。彼を守り抜けますように。
隣で祈る彼を盗み見ると、軽く目を閉じて一心に何事かを祈っていた。
生真面目で謙虚な彼のことだ。全ては神の御心のままに、とかなんとか祈っているのだろう。
自分たちの事しか頭にない俺とは大違いだ。
礼拝が終わると夕飯だ。
ヒヨコ豆とナスのペースト、刻んだキュウリを入れたヨーグルトにブルガー小麦と羊のフライ、パセリのサラダ。
贅沢ではないが、心と身体を優しく満たしてくれる今日の糧に、自然と感謝が沸き上がる。
かわりばえのしないいつもの食事が美味いのは、今日も彼と生き延びられたからだろう。
二人で後片付けをしてから身を清め、眠る前にまた祈る。
明日も二人で生き延びられますように。
生命を奪い続けてきた罪深い俺たちが赦されなくても良いから、せめて最期の瞬間まで共に在れますように。
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