【夏007】夏が好き

「夏は嫌いなんだ」

 冷房の効いた部屋で、向かい合って宿題をしながら、夏樹はぽつりとそうこぼした。

「わたしは割と好きだけど」

 計算問題の手を止めて、夏樹を見る。夏樹も宿題の手は止まっていて、気怠そうに頬杖をついていた。つまり、宿題をするのにちょっと疲れて飽きてきたから、少し休憩ってことなんだと思う。

「俺は嫌いだ。だいたい、どこに好きになれる要素があるんだよ」

「夏休みあるし」

「学生の間だけだろ、夏休みなんて。学生じゃなくなったら、暑いだけだぞ、夏は」

「寒いより暑い方が好きだけどな」

 わたしの声に、夏樹は呆れたような顔をする。

「美冬なんて、寒そうな名前しといて」

「名前は関係ないじゃない。寒いのは嫌なんだよね、動きたくなくなるから」

「そうは言っても、ここのところの暑さは尋常じゃない。人死にが出るレベルの暑さじゃ、動けないのは変わらないだろ。ここまできたら好きだとか呑気なことも言ってられないじゃないか」

「まあそれは、暑すぎるのは困るよね。出かけにくくもなっちゃうしさ。でも、こうやって家でのんびりできるわけだし」

「家でのんびりするなら、寒い日に暖房かけてたって同じだろ」

 わたしは唇を尖らせる。だってわたしは好きなのだ、夏が。夏樹がなんと言おうと、好きなのだから。

「夏生まれのくせに」

 わたしの言葉に、夏樹は眉を寄せる。

「生まれた季節はそれこそ関係ないだろ。夏生まれだろうが、暑いのは嫌いなんだ」

「夏樹なんて名前なのに」

「俺は自分の名前も嫌いだよ」

 拗ねたような夏樹の声。わたしはその顔を見上げるように覗き込む。

「わたしは好きだよ、ナツ」

 三回の瞬きの後、夏樹は耳を赤くして顔を背けた。その横顔に声をかける。

「季節の話だよ」

 本当はそれだけじゃないけど、と心の中だけで付け加える。

「そんなのわかってるよ」

 そう言う夏樹は、きっと本当にわかっているんだ。

 わたしたちは、お互いの存在があまりにも当たり前になりすぎてしまったのかもしれない。ずっと一緒だったからこんな気持ちになるのに、ずっと一緒だったから変われなくなってしまった。

 夏樹は小さく溜息をついて、それからわたしを振り向いた。

「俺は、フユが好きだけど」

 夏樹の声に、わたしは不覚にも言葉を詰まらせてしまった。自分の顔が赤くなっているのがわかった。

 そんなわたしの顔を覗き込んで、夏樹が意地悪く笑う。

「季節の話だからな」

「わ、わかってるってば」

 今度はわたしが顔を背ける番。

 ぎりぎり、お互いに踏み込まない。この関係がこの先どうなるのか、わたしにはわからない。夏樹もきっとわかってない。

 わたしはただ、ずっとこのまま夏だったら良いのに、と思っている。

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