【春013】小さい春見つけた

 三月の初め。休日の朝。

 早起きした私は河原沿いを散歩をしていた。

 もう四十の後半になって、ようやく健康を意識する。運動不足は健康の大敵だ。

 まだまだ寒く、厚い上着は手放せない。時折吹く強風には体を震わせる。正直、あまり外出には適していない。

 あくまで暦の上では春、といったところだ。


 それでも、そこかしこに春の気配はあった。

 晴れた空からの日差し。

 白い梅の花が咲く。

 寂しかった野には緑鮮やかな野草。

 鳥の声は耳に心地良い。

 虫も花の周りを飛んでいる。


 何気ない風景であっても、敏感に感じとれば、季節の移り変わりに気付く。

 これが日本の心か、としみじみ思う。


「梅……うぐいす……春遠し……うぅむ」


 私は声に出しながら悩む。

 最近、テレビ番組の影響で俳句が趣味になった。

 散歩ついでに、ネタになりそうな春らしいものを探す。自信作は公募に出してもいる。

 下手の横好きではあるが、なかなかに楽しい。


 が、その考えは一旦中断。

 前から、犬を連れて散歩するご近所さんがやってきたからだ。


「おはようございます」

「おはようございます。今日もまだ寒いですね」

「ええ、本当に」


 立ち止まり、ご近所さんとにこやかに挨拶を交わす。

 顔見知り、しかも散歩仲間だけあって話が合う。寒いというのに話し込むのも苦ではない。


「うちの実家で筍が採れたんです。今度おすそ分けしますね」

「ああ、毎度すみません。ありがとうございます」


 ありがたい優しさ。私は丁寧にお礼を言って、別れた。


 そしてまた歩きながら考えにふける。

 そうだ。春は、食べ物も美味しくなる。

 春キャベツやアスパラガスなどの春野菜、筍やフキノトウといった山菜が旬を迎える。

 魚の品揃えも変わってくるし、潮干狩りもシーズンになる。

 楽しみで、よだれが湧く。

 食べ過ぎれば折角の散歩も無駄になってしまうが。

 悩ましいものだ。


 と、そんな風に考えが春の趣や俳句から脱線している時に、ふと。

 ざざあ、と水音。

 気になって川を見れば、そこには。


「おお、河童だ」


 緑の肌。皿。くちばし。

 頭だけを川からひょっこり出す河童がいた。

 私は思わず河童と見つめ合う。仕草がどこかユーモラスで笑ってしまった。


 そしてハッと気付く。

 河童は秋になれば山に上り山童やまわろとなり、春になれば川に戻ってきて再び河童となる。

 河童の渡り。これもまた春の風物詩だった。

 確か「河童」だけでは季語にならないが、「河童下る」は春の季語で、「河童上る」は秋の季語となるはずだ。


「しかし、まだ冷たいんじゃないか?」


 どうしても心配してしまう。

 本来は春の彼岸頃に下りてくるはずだ。時期が早い。

 川はまだ適温でなく、凍えてしまうのではないか?

 その証拠に、河童は一匹だけ。群れではない。他の河童はまだ山童なのだろうか。

 川は冷たく、そして寂しい。

 河童とはいえ、思うところはある。


 だが私には何も出来ない。

 自然に任せるしかないのだ。

 行政による「危険! 河童にエサをあたえないでください」との看板もすぐそこに立っている。

 無闇に手を出せば痛い目を見るのはこちらだ。

 後ろ髪を引かれつつも、立ち去る。


 ただ、これはこれでネタになるのではないかとも思うのも事実だ。可哀想ではあるが。


「河童下る。一人きり、一番乗り、独り占め……いや慌てん坊の、やせ我慢……いやいや違うか……?」


 再び俳句を考えながら散歩を続ける。

 言葉を選び、繋げ、組み合わせを吟味。悩む時間もまた楽しい。散歩は頭の働きも活性化してくれるというが、まさにそれを実感する。

 そして、自信作に辿り着く。


「雪解けや河童ひとりのやせ我慢」


 ふむ、これはなかなか良いんじゃないだろうか。


 自画自賛。思わず笑みが溢れた。

 私は好ましい春の訪れをひしひしと感じながら、ウキウキと弾むように歩いていくのだった。

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