【春012】春の香り

風に舞う花びらの中を君と歩む

見上げる花の木洩れ日と青空

振り向いて話し掛ける君の笑顔

つられて笑顔になる

そう言えば君は後輩だったね

ちょっとだけ先輩の私

初々しい挨拶をする君を思い出す

確か最初に話したのも満開の桜を見ながらだったよね

会社の傍にある公園の桜並木

こうして休憩時間に一緒に見るのも五回目かな


眩しい程に輝いていた君

商談をまとめて喜ぶ君

女子社員にとケーキを買って来てくれた

残業後に皆と一緒に打上げに行ったね

リクエストされて高いキーの曲を必死に歌う君

君の周りにはいつも笑顔が溢れていた


いつの間にか仕事も心も成長していた君

後輩を優しく指導する姿が頼もしかった

仕事で失敗をした私を慰めてくれたりもしたね

いつからかな

そんな君を目で追ってしまう様になっていたのは

君を見ていると楽しかったから




頬に出来たあざをファンデーションで隠した私

気付かないふりをしてくれる君

いつだって私の心は闇の中だった

でも闇の中だと気付こうとしなかった私

夫にぶたれた夜

君の笑顔が見たいと思った

その時、君への想いに気付いてしまった

君の優しい笑顔は、私の心の支え

遠くから見ているだけで良い

君と過ごす穏やかな時間を想像するだけで心がやすらぐから


帰りが遅いとぶたれるのが分かっていても、君との残業に心が躍る

残業後に食事に誘ってくれるだけで、少女の様にときめいてしまう

星空を見上げながらの帰宅路

家に待つ闇は君の笑顔が忘れさせてくれる

うつむかず空を見上げる気持ちになれる

君は私の闇を照らす一筋の光

傍に居られるだけで、闇に震える心を隠してくれる希望




どこまでも青い空に映える薄桃色の花びら

君と一緒に見る五回目の桜

そして君は転勤で去って行く

君が去ると思うと心がくしゃくしゃになる

引き裂かれて潰れて消えて無くなりそう


どうして君に出会ってしまったのだろう

君の優しい笑顔が無ければ良かった

君への気持ちに気が付かなければ良かった

こんな気持ちを知らずに済んだのに

隠した新しいあざに目を潤ませた君に気が付かなければ良かった

涙が止まらなくなった私を、背中から優しく抱きしめてくれた君の香りに気が付かなければ良かった

そしたら、闇の中にうずくまっていたとしても、こんなに悲しい思いをせずに済んだのに


花びらを舞い散らす一陣の風に吹かれ思わず目を伏せる

広がる闇が怖くなり目を開くと、そこに君は居ない

一緒に歩いていた君は幻想だったのかな

でも提出してきた離婚届は本物

踏み出せない私の心を、君の光が後押ししてくれた

闇を払う勇気をくれた君のお陰

もうすぐ私の傍から居なくなる君のお陰


君とはもう一緒に桜を見られないのかな

くしゃくしゃの心に吹き付ける春風が冷たい

耐えがたい寂しさに心が消えてしまいそう


震える心を隠すように腕を抱えうつむいてしまう

その刹那

誰かが背中から抱き締めてくれた

優しい抱擁と君の香り

春の香りが私をそっと包み込む

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