【春021】サンドウィッチウィッチ


 三澤澪佳みさわみおかはサンドウィッチの魔女である。


 サンドウィッチの具材が誰にも予想できないクセの強いモノで、ランチビンゴにおいての大穴的存在だからだ。


 クラスメイトの弁当のおかずでビンゴゲーム。弁当の中身を勝手に予想し、挙句の果てに覗き込んでそれを当て合うランチビンゴ。今にして思えば趣味の悪い遊びだ。


 今日のおかずは何だ。唐揚げはセンターに据えるべきか。そこは玉子焼きだろ。ハンバーグは外せないな。さて、魔女はパンに何を挟む?




 中学生男子は世界で一番バカな生き物だ。


「サンドウィッチウィッチは何を挟んでくる?」


 ニヤニヤした顔で村西が言った。まるで胴元のように仕切る。


 クラスメイトのお弁当を覗き見るビンゴも中盤。もうそろそろ誰かしらビンゴ宣言してもいい頃合いだ。


「おい、賢弥けんや。三澤に聞いてこいよ」


 サンドウィッチウィッチこと三澤澪佳は家庭環境が少し特殊で扱いが難しい。


 この春から澪佳のお弁当はサンドウィッチが続いている。おかずである具を覗き見るのは難しく、直接訊ねる以外にそれを知る方法がない。澪佳とマンションの隣同士に住んでる幼馴染の僕が呼ばれたわけだ。


「澪佳はいいだろ。当たりっこないんだ」


「いいから行ってこいよ。俺、リーチかかってんだ」


 他の男子どももやいのやいの言ってくる。ランチビンゴはくだらない遊びだ。しかし、購買のカフェラテが一等賞品ともなると話は変わってくる。誰だってあのカフェラテで優雅な昼休みのひと時を過ごしたい。


「わかったよ。どうせ変わり種だろうけどな」


 ビンゴに参加してる男子たちの視線を背中に、教室前側窓際の席、一人でサンドウィッチを食べている澪佳の元へ。


「賢弥も暇ね。静かにお弁当食べてれば?」


 猿みたいな男子どもの喧騒。狭い教室で、そりゃ聞こえているか。澪佳は空いている前の席をコツンと蹴り上げて言った。勧められるままにその空席に座る。


「あんたら評判悪いよ」


「知ってる」


「バカみたい」


 少し斜めった姫カットの黒髪を掻き上げて、澪佳は退屈そうに笑った。艶がきれいな長髪だけど端々が整っていない。自分でカットしてるとの噂だ。


「バカなんだよ」


「あんたも?」


「だろうね」


 昨日のサンドウィッチは串を外した焼き鳥とオニオンサラダだった。一昨日は肉じゃがとチーズのホットサンド。はたして今日は。どう予想しろと言うのか。


「パンの中身が知りたいんでしょ」


「うん。見てもいい?」


「お好きにどうぞ」


 澪佳はかじりかけのサンドウィッチをちらりと開き、前髪がかすかに揺れる程度に首を傾げて応えてくれた。


「照り焼きサバ缶とマヨたっぷりコールスロー」


 これは当たるはずがない。


「意外と美味そうだ」


「美味しいに決まってる。あたしが作ってんだ」


 そう言ってすぐに表情を曇らせる。どうやら僕は澪佳に言わせたくないことを言わせてしまったようだ。小さな失言を覆い隠すように、澪佳はすぐに小声で言葉を継いだ。


「ほら、もう行きなよ。バカどもが待ってる」


 僕もそのバカどもの一人か。幼馴染との距離が少し広まってしまったような気がした。




 学校帰り。近所のスーパーで澪佳を見かけた。


 制服のままで薄っぺらい布地のエクバッグに8枚切りの食パンと牛乳を詰めて、部活帰りの僕に気付くと、馴染みの野良猫を見るような顔でエクバッグの食パンを掲げた。


 どうやらサンドウィッチウィッチの明日のお弁当もサンドウィッチのようだ。問題は挟まれる具だ。




 その夜。僕は澪佳のうちの呼び鈴を鳴らした。


 僕と澪佳は昔からマンションの隣同士。家庭環境はちょっと特殊だが家族ぐるみの付き合いがあり、よく澪佳をうちの夕食へ呼んだりしている。


 澪佳は素直に僕を招き入れてくれた。


「どうしたの?」


「今夜カレーで、良かったら来ないかって母さんが」


「うん、助かる。何食べようか迷ってたの」


 さらっと澪佳は笑った。


 おまえの母さん、また帰ってきてないんだろ? と、僕は言い出せなかった。


 澪佳の母親は17歳の時に澪佳を産んだ。父親はどこかに消えたらしい。それからシングルマザーとして澪佳を育て、澪佳が中学生に上がった頃から帰ってこなくなることが増えた。


 家賃はちゃんと振り込まれてるようだし、食べてくだけのお金は置いてってくれると澪佳は言う。それでも、多感な中学生にとってその家庭環境はあまりに不憫だと思う。


「そういえばスーパーで買い物してたよな」


 彼女の部屋に上がり込んだついでキッチンを覗いておく。生活感がまるでない乾いたキッチンがそこにはあった。


「明日のサンドウィッチの具材は決まったか?」


「ランチビンゴで不正をするの?」


 僕たちバカどもがランチビンゴなんてくだらない遊びを開発してる時、澪佳は独りで起きて、お弁当の用意をして、学校へ行き、買い物をして、また食事の準備をして、独りで眠っていた。


 澪佳は自分でサンドウィッチを作っているんだ。誰もお弁当を作ってくれる人がいないから。


「見事ビンゴったら、購買のカフェラテを奢ってやるよ」


「それは嬉しいな」


「でも何でサンドウィッチなんだ? 普通のお弁当の方が楽じゃないか?」


 澪佳は少し考えるように前髪を揺らして見せた。


「ザキヤマ春のパン祭りやってるよね。白いお皿が欲しくてさ。食パンはポイント高いでしょ」


「なるほど。それはやめられないな」


「食パン買って来てくれれば、賢弥の分もサンドウィッチ作ってあげるよ」


 春のパン祭りポイントも貯まるし、ランチビンゴのヒット率も上がる。いいアイディアだ。




 あれから、同じ高校に通い、そしてそれぞれ別の道を歩み始めても、春のパン祭りが始まれば澪佳はポイントシールと引き換えにサンドウィッチを作ってくれる。


 しかし相変わらず油断ならないサンドウィッチだ。大人になってもサンドウィッチウィッチは健在のようで。

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