【春022】私は断じておもしれー女なんかじゃないんだが?
私、丹波はるみ。今日から新しい学校に転校するんだけど、朝からめちゃくちゃハトにたかられているの。
前が見えないくらいたかられているの。別にパンをくわえていたりとかそういうことは全然ないんだけど、訳がわからないくらいたかられているの。パンなんかくわえてたらたぶんスカウター爆発すると思うの。あとなんか鳩だけじゃなくて鷹とかもいるの。鷹られているの。
「ちょっ、見えない見えない。何お前たち。猫の恩返しの冒頭みたいになってるんだけど。鳥類の恩返し? それもう昔話にあるから」
言ってたら鶴も来た。なんでいるんだよ、住宅街に鶴が。誰もおかしいと思わないのかよ。
世間では実に春。新学期が始まる日である。桜は舞い散り、私の周りにはうるさいほど鳥の羽も舞っている。5回ぐらいくしゃみをした。衛生面が不安である。
とにかく私は学校へ行かなければならない。動いていればそのうち解散するだろうと、ちょっと小走りで学校へ向かう。
結論から言うと、体に張り付いたままの鳥類とともに私は学校の敷地に入ることになった。慌てた様子の教師が、「おーい」と私に手を振っている。
「転校初日に遅刻とは、肝が据わってるな」
「すみません、こんな有様なもので」
「おい……学校にペット連れてきちゃダメだろう」
「先生にはこれがペットに見えるんですか? 動物パニック映画の一歩手前なんですけど」
まあいい、と先生は言った。まあいいのか? と私は思った。
「早く教室に入りなさい。みんな待ってるぞ」
「このまま教室に? この人、正気?」
今日からよろしくお願いするはずの大人に早速不信感を抱きながら、私は促されるまま教室に入る。
「さっき話していた転校生だ。みんな仲良くなー」
「丹波はるみです、よろしくお願いします」
信じられないほどしんとした。わたしは『そらそうやろなぁ』という気持ちだったが、隣にいる先生は「どうしたお前ら。全員腹痛か?」と訝しんでいる。
そんな中、ガタンと派手に椅子がひっくり返る音がして、一人の男子生徒が立ち上がった。私のことを指さしている。
「おもしれー女ァァ!!!!」
わー、変なやつ。
わたしは自分の今の状態を棚に上げ、うっかりそう思った。
朝のホームルームが終わると、早速例の男子生徒が私に声をかけてくる。
「おい、おもしれー女。俺と付き合え」
「嫌です。というかあなたの“おもしれー女”のニュアンス、なんかもう本当におもしれー女に向けるニュアンスでしょ? この状況が面白いだけで私自身は別に全然面白くないですからね」
「この俺に対してその口の利き方、やっぱりお前おもしれー女だな」
「『この俺』とか言われてもあなたが誰だか知りませんよ。まず名を名乗れよ」
「この俺の名を軽々と訊いてくるなんてお前、おも」
「話進まんて」
不意にガラガラと音を立てて教室のドアが開き、私は振り向く。
「今日このクラスに転校生が来るって聞いたんだけど、どの子猫ちゃん? えっ、うわっ」
見るからにチャラ男という感じの男子がこちらを見ながら、「鳥? どういうこと?」と言ってくる。どういうこと、ってそれ私が一番そう思ってるから。
しかしその男子の比較的まともな反応に、わたしは少しだけ安心していた。
「君は……その状態で、自我があるの……?」
「あります」
「業者とか呼んだ方がいいんじゃない? そんなんじゃ授業受けられないじゃん。担任は何してんの?」
まったくもってその通りである。
おい、とおもしれー女ハンター(今名付けた)が横から口を挟む。
「俺のおもしれー女に何の用だ」
「城崎くん、おもしれー女のこと“おもしれー女”って呼んでんだ? 新しいね」
城崎っていうのか、このおもしれー女ハンター。
「そいつはこの俺にふさわしいおもしれー女だ。馴れ馴れしくするな」
「あー、そうかもね」
そうかもねじゃねーよ。私にも選ぶ権利ぐらいあるわ。
チャラ男は空咳をして、「なんかごめんね。ノリ間違えたわ」と言いながら去っていってしまう。わたしは「待って、ギリギリまともな人!!」と叫んだがダメだった。
「まともな人間は今の私を見たら離れていく……私はもう、今の私を受けいれてくれるクレイジーと仲良くしていくしかないのか……」
「お前、さすがにこの俺に対して失礼だと思わねえのか?」
結局この日、私に話しかけてくれたのはおもしれー女ハンターである城崎だけだった。逆にもうこんなのに話しかけてくれただけ、城崎に感謝をした方がいいのかもしれなかった。
「おい、おもしれー女」
「ちゃうわボケ」
「ちゃうわボケ?? ちゃうわボケつったか、今」
「気のせいですよ」
頬杖をついた城崎が、「気のせい~?」と呆れた顔をする。それからちょっとため息をつき、音を立てて教科書をわたしの目の前に出した。
「見せてやる。隣の席だしな」
「わたし、お前の隣の席なんか……」
「“お前”って呼んだか、俺のこと」
「気のせいですって」
授業が始まる前に、教科書をペラペラめくってみる。
「これ、本当に城崎くんの教科書?」
「なんで俺が他人の教科書をここで出すんだよ」
教科書には几帳面なほど丁寧にマーカーが引かれ、隅の方には教師が授業で話したらしい重要なことがメモされている。真面目に授業を聞いているやつの教科書である。
どうしよう、と私は思う。どうしよう、こいつめちゃくちゃいいやつだったら……。
「城崎くんさ……」
「なんだよ」
「字、綺麗だね。意外と」
一瞬の沈黙。たっぷり三秒ほど使って、突然城崎が顔を真っ赤にして立ち上がった。
「そ、それはどういう意味だ? 夏目漱石的な意味の求愛か?」
「いや『月が綺麗ですね』みたいな言葉じゃない。本当にそのままの意味でしかない」
「わ……わかったぞ。お前、すでに俺に惚れてるな?」
「あーめんどくさいなこいつやっぱり」
私はうんざりしてため息をつく。座り直した城崎が「俺の字、だと……?」となぜかいつまでも首を傾げていた。
ちなみに次の日には正気に戻ったらしい鳥類がみんな飛び立っていき、わたしは普通の女子高生となっていた。
しかしながら城崎が遠くから「おーい、おもしれー女ー!」とめちゃくちゃ手を振ってくるようになったので、結局のところわたしは高校生活の全てを諦めた。
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