【春019】うずうずと卯月

 彼女と最初に会ったのは、高校入学試験のとき。その頃の彼女は野暮ったいお下げ髪で、地味なブレザーの制服を着ていた。全くもってその他大勢。

 でも、その目が印象に残った。まるで世界を呪い殺すような目をしていたのだ。

 その視線に、俺の胸の奥が疼いた。

 彼女の厚ぼったい前髪の奥に隠れた、凶器のような瞳の輝きを、俺は忘れることができなくなったのだった。


 合格発表の日、俺は彼女の姿を探した。その時もまだ、彼女は相変わらずの野暮ったいお下げ髪だった。地味なブレザーの制服の上に、これまた地味な野暮ったい茶色のコートを着ていた。

 そして、その目の印象は相変わらずだった。彼女は世界の何かを呪っている。いったい何を呪っているのか。

 彼女への興味が抑えられなかった俺は、そっと彼女の後ろに立って、彼女の受験番号を盗み見た。目は割と良い方なんだ。

 彼女はちゃんと合格していた。でも彼女の表情は嬉しそうにするでもなく、安堵して脱力するでもなく、やはり何かを呪うように掲示された番号を見詰めているだけ。

 その姿を見ていると、やっぱり胸の奥がうずうずと、ざわめくのだった。


 私服の学校、きっとそれが彼女の志望動機なのだと気付いたのは、卯月、入学式の日。

 彼女は野暮ったいお下げ髪をさっぱりと短く切っていた。胸の膨らみは何かで押さえつけているようだった。

 そうやって男物の学生服を着ている彼女は、まるっきり男子のようだった。

 彼女は男として暮らしたかったのだろうか。いやでも、だというのに、目の奥にはまだ世界を呪い殺すような輝きがあるのだ。

 彼女、あるいは彼、どちらでも良い。俺の興味は失われなかった。呪い殺すような視線の正体を知りたい。

 その気持ちは痛いほどに俺の胸を苛んでいた。


 私服の学校に学生服を着てくる彼女は目立った。けれど、そういうものとして受け入れられていた。まあ、これは他にもいろんな格好をして登校する生徒がいるせいでもあるけど。

 中性的で、本物の男子に比べたら柔らかな印象があるせいか、一部の女子からはアイドルか王子様のような扱いを受けていた。

 やがて彼女は、本当に王子様ごっこを始めた。

 王子と呼ばれて数人の女子に囲まれる。可愛いね、大好きだよ、綺麗だね、愛してるよ。冗談交じりに彼女はそんな言葉を囁いて、囲む女子たちがきゃあきゃあと騒ぐ。

 けれど、その瞳の奥にはいつでも、呪いの影が見えていた。

 どうして誰も彼女のその影に気付かないのかと思う。あんなにくっきりと、彼女は何かへの憎悪を抱いているというのに。

 彼女の本質は、何かを呪い殺す魔女なんじゃないかと、胸の奥を疼かせながら、俺はそんなふうに思っていた。


 うずうずと、卯月が通り過ぎる。

 そうして俺は一年間、彼女を観察し続けた。

 彼女の王子様ごっこは、どうにも芝居がかっていた。それは本当に彼女のやりたかったことなのだろうか。

 うずうずと、俺の心が痛む。

 彼女は本当は、何になりたいのだろうか。何を抱えて過ごしているのだろうか。いっそ全てぶちまけてしまえば良いのに。

 そう、俺はそれを引き摺り出したいのだ。彼女が奥底に抱えていて、普段は王子様の仮面の下に隠している、その何か。それを引っ張り出して、眺めたい。

 そしてまた。

 うずうずと、卯月がやってくる。

 そんなことをしたら彼女は泣くだろうか。泣いて、取り乱して、喚くだろうか。想像すると、俺の中で何かが疼くのだ。

 うずうずと、その痛みが心地良い。それがきっと、恋なのだ。


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