【春024】君と春に眠る

桜の花が咲いている。

私は桜並木道を歩いていた。着ているのはセーラー服、白色のセーラーだ。紺色のセーラー服よりは重苦しくないけれども、

晴れている空は青。青以外の表現ならば空色とか、水色とか。右手に鞄を持った私は機嫌よく歩いている。

冷たかった空気が徐々に暖かくなっていく季節。穏やかなようで、そうではない。

桜並木道は道路を突き破って、家を突き破って存在しているし、私の歩いている場所は道路をかろうじて保っているだけで、世界は植物に支配されそうになっていた。

この辺りはかつては賑やかだったのだけれども、竹のように桜が家々を貫き続けたせいで、人が住めなくなっていた。


「おはよー」


学校へとたどり着く。

私が通っていた高校である。

そこは桜に支配された。桜の森だ。舞台である。

『桜の森の満開の下』なんて話をどこかの誰かが書いた気がするのだが、誰だっただろうとなる。

タイトルがとてもかっこよい。


「おはよう」


彼女は待ってくれていた。

桜の森の中で、私を待ってくれていた。私は黒髪をポニーテールにしているならば、彼女は白い髪の毛を背中まで伸ばしている。

着ているのは春物のワンピース。


「セーラー服がよかったな」


「そう?」


話しかければ、彼女は小首をかしげる。服が淡く光って変わったかと想えば、紺色のセーラー服を着ていた。

リクエストで変えてくれた。


「さすが。世界の救世主」


「貴方もじゃない。世界の救世主」


私は世界の救世主で、彼女も世界の救世主だ。

違うのは立ち位置である。どうやら、世界というか、自然というか、何というか、『それ』はこのままだと死んでしまうと考えたらしい。

これはお偉いさんの仮説なんだけれども、『それ』は死にたくなったから、死ぬ原因をつぶそうとして彼女を産み出した。

人間の形をした彼女は、救世主で、私は人間で救世主だ。この場合の救世は何を期待されたかというと、『それ』が産み出した彼女に対するカウンターだ。

さすがに殺してやるぞと言われて死ねるかとなったらしい。私は彼女に対するカウンターパワーを与えられた。

要するにだ。

私が彼女を殺せば人間は生き延びて、彼女が私を殺せば人間は全滅してしまうようだ。ようだというのは結果的にそうというか、

そうなるんじゃないかという。推測。


「私は貴方を殺したくない」


「わたしも貴方を殺したくない」


「けれども、貴方は私を殺さないといけないんでしょう」


「殺せ殺せって言われるの。きついんだ。ごめんね。抗ってはいたのだけれども」


「抗ってくれただけで嬉しいよ」


この世界の命運は私たちに委ねられた。委ねないでよとなっているが、委ねられた。代理戦争である。

春の木漏れ日。静かな時間。

こうやって話しているのは素敵なことなのだけれども、決着はつけなくてはならない。私はステップでこの世界を闊歩できるけれども、

植物パワーや自然パワーが強すぎて、この世界はかろうじて人間が生きていられるレベルになっている。

かろうじてでも生きていられるだけ、人間はサバイバル精神が溢れているのか、やる気がありすぎるのかは分からない。


「今日はとてもいい天気。こういうのを絶好の卒業式日和とか絶好の入学式日和とか言うんでしょう」


「桜が咲いているからね。梅とか桃とか、パンジーとか? タンポポとかでもいいかもしれないけれど」


「それなら、春の花を徹底的に咲かせてみるね。華やかにしましょう。――する」


――とてもきれいなものを、私は見た。

彼女は心からの笑顔を、ここに咲いている桜よりも、グラウンドを突き破って出た梅の花や、桃の花や、飛んでいる雀に咲いた

タンポポの花よりも素敵な、笑顔を浮かべて、沢山の春の花を咲かせてくれた。

持っている鞄がネモフィラまみれになった。放り投げる。中に入った教科書もネモフィラまみれだろう。

私は弓矢を出した。これでも弓道部だったのだ。弓に矢をつがえる。放つ。矢を放り投げる。

彼女は私と距離を取っていたのだけれども、直ぐに近づいてきてその右手を私の胸に突き刺した。

痛みと共に私に、咲いていくのはハナミズキ。


「……考えて、いたのだけれども」


放り投げた矢が、私を貫いている彼女の背中に突き刺さり、心臓に刺さる。私は自分の体で彼女を縫い留める。


「なにを?」


「私と貴方が同時に死んだら、どうなるのかなって」


「――わたしもそれを考えてみたわ」


ああ、一緒だったのだ。となる。

相打ち覚悟でなければ彼女は倒せなかった。もしかしたら……と私は考えたのだけれども、もしかしたら……の後は、紡がない。

その代わり、別の言葉を口にする。


「初めて、貴方と、夏に出会って」


「向日葵畑」


「貴方と秋に遊んで」


「秋桜」


「冬に貴方と別れた」


「椿」


「春にこうして」


「桜、桃、ハナミズキ、タンポポ、ネモフィラ、梅、菜の花」


ぼやけていく私の目には彼女の言っている花々が咲いているかは判別がつかない。梅と菜の花は見ていないのだ。

けれども、彼女ならば咲かせているのだろうとなる。彼女は草木や花々を我が物のように扱える。


「貴方と私、桜の森の、満開の下に、いる」


「素敵な言葉」


「何かの小説のタイトル。誰か書いたかも内容も知らないけれど」


桜が咲いている。桜と一口に言っても種類がいくつもあるけれども、染井吉野だろうとはなる。

私は彼女と歩いて、染井吉野について教えたことがあった。


「わたし、ね」


彼女の声が途切れている。どうやら、彼女も死にそうらしい。私もだけれども。彼女は暖かかった。

人間の形をしていた彼女は、冷たかったこともあったけれども。


「貴方とこうして、眠ることが出来て、幸せ。素敵な思い出を、ありがとう。貴方は、眠りたく、なかった、よね」


正直に誠実に考えるとそうかもしれない。だけど。


「眠りたく、なかったけれど、貴方と、眠れるならば、幸せ」


「わたしも」


もしも彼女と目覚めたならば、また。とか、ああ、でも、『桜の森の満開の下』は読んでみようかなとか、

とりとめのないことを考えながら彼女は私をその手で、私は彼女を武器の弓矢で貫きながら、眠りにつく。

暖かい日に。

私は彼女と共に眠る。



【Fin】

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