【秋003】秋の夜長に『#新匿名短編コンテスト・再会編』全219話を延々と読み聞かせられた少女の夢みたいな冒険物語




 五歳になったばかりの麻衣は、夜の苦手な女の子でした。

 お母さんの読み聞かせがなければ寝付くこともできません。

 家じゅうの本を読み聞かせてしまったお母さんは困り果てて、板野かも主催の同人企画『#新匿名短編コンテスト・再会編』全219話を読み聞かせることにました。読書の秋、新鮮な物語の数々を麻衣は面白がりました。しかし秋も深まった頃には、とうとうそれも枯渇してしまいました。


「ねぇママ、なんでねちゃうの?」

「ちゅうかんはっぴょうの話はしてくれないの?」

「ごめんね。今日はママ、ちょっと疲れてるの。それに結果発表のお話は三日前に読んであげたでしょう?」


 涼しい秋の夜長、そういってお母さんはお茶を濁すように眠りに就いたのでした。

 残された麻衣は布団をかぶり、暗い天井を見渡しました。誰の声もない夜は怖くてたまりません。いまにも物陰や板の隙間から、得体の知れない怪物が顔を覗かせるように思われてならないのです。


「ママ……」


 麻衣は涙目になって、眠るお母さんの背中にしがみつきました。

 その小さな肩を、不意に、とんとんと誰かが叩きます。


「きゃあ!」


 麻衣は仰天しました。振り返れば、そこには手のひらサイズの生き物が浮かんでいます。角とドラゴンみたいな羽の生えた、妖精のような出で立ちです。


「夜が怖くて眠れないの?」

「もう五歳なのに」


 妖精は笑いました。首から下がったペンダントの青い宝石が、麻衣を明るく照らします。麻衣はむきになって「こわいものはこわいもん」と言い返しました。


「怖がることなんてないよ。きみは優しくて勇敢な子だ」


 妖精は麻衣の頭を撫でました。


「昨日だって、いじめられっ子を見かけて心を痛めてたでしょ?」

「なんで知ってるの」

「ぼくはずっと麻衣のそばにいるんだ。麻衣の本当の力だって知っているんだよ。ほら、立ってごらん」


 麻衣は布団をよけて立ち上がりました。すると妖精は麻衣のまわりをくるりと回って、あの青色の宝石を掲げながら呪文を唱えました。

 麻衣はたちまち、見たこともない魔法少女風の衣装に早変わりしました。


「すごい!」


 麻衣の驚きようったらありません。これではまるで、麻衣の大好きなアニメの登場人物みたいです。ステッキを一振りすれば星が飛び出して、どんな暗がりも明るく照らし出します。


「これが麻衣の本当の姿なんだよ」


 妖精は胸を張りました。


「魔法少女マイ。きみは一人じゃ夜も眠れない怖がりさんだけど、本当はとっても素敵な力を秘めてるんだ」

「わたしが、魔法少女……?」


 麻衣はすっかり舞い上がってしまいました。



 妖精は名をルビーといいました。ルビーは月の住人で、魔法少女の候補を探し求めて地球に来たのだといいました。


「月の姫君ユイが宇宙怪獣にさらわれてしまったんだ。ぼくらは非力だから、さらわれるのを見守るしかなかった」

「どうすればお姫さまをとりもどせるの?」

「宇宙怪獣モジーラは素敵な詩を歌に乗せて聴かされると眠りに就くらしい。その隙を突いてユイ姫を助け出そう」

「でもわたし、お歌もあんまりうまくないし……」

「大丈夫! マイには魔法の力がついてるよ」


 そう聞くと、なんだか説明のつかない意欲が湧いてきます。麻衣はルビーと一緒に空を飛んで月へ向かいながら、まだ見たこともないお姫様の姿を思い浮かべました。

 きっと怖い思いをしているでしょう。

 待っていてね。いま、わたしが行くから。

 彼方の月は思ったよりも遠くて、飛んでも飛んでもなかなか届きません。麻衣を見つけた一隻の宇宙船が寄ってきて、月まで乗せていってくれると言いました。


「宇宙の果てまで向かう途中なんだ。月なんてほんのついでさ」

「すごい! かっこいいね」

「君だって格好いいよ」

「本当?」

「ああ。もうお姉さんなんだからな」


 気さくな宇宙船のAIと麻衣はすっかり仲良くなりました。モジーラによく効く歌も教えてもらいました。

 やがて、地球から見えない月の裏側に、宇宙船は着陸しました。


「あれがモジーラだ」


 ルビーの指差す先には、岩山みたいな怪獣がどっしりと座っています。急に不安になって、麻衣は「いや……」と叫びかけました。けれどもモジーラの胸元に横たわる小さなお姫様を見つけて、歯を食い縛りました。

 ぎろりとモジーラが目をむきます。

 怖くてたまりません。いつもの麻衣なら涙目で逃げ出すところです。

 しかし麻衣は踏ん張りました。お姫様のために、みんなのために、逃げ出すわけにはいかないのでした。

 心を込めて麻衣は歌を歌いました。

 赤ん坊をあやして寝かしつけるように。

 ステッキからほとばしった虹色の光が麻衣を包みます。モジーラは敵意もあらわに咆哮しました。麻衣は必死に目をつむりました。どしどしと響いた足音はやがて止まり、モジーラはその場に倒れ込んでしまいました。


「モジーラが眠った!」


 ルビーが叫びます。麻衣はモジーラのもとに駆け付け、倒れているお姫様を抱えました。名前を呼ぶとユイ姫はそっと目を開け、麻衣の顔を見て「ああ」と嘆息したのでした。


「あなたが助けてくれたのね」

「ありがとう。強くて優しい魔法少女さん」


 麻衣はもう感無量になって、えへへ、と笑いました。臆病な麻衣が誰かのために戦ったのは今度が初めてでした。みんなの願いを一身に背負った麻衣は、一世一代の勇敢さで、ひとりのお姫様を助けてみせたのです。



 目が覚めると朝食の匂いが漂ってきました。お母さんは先に起き出して、朝ご飯の準備をしていました。麻衣は頭を振り振り、布団から這い出しました。ずいぶん壮大な夢を見ていた気もしますが、どうしても中身が思い出せません。


「ごめんね。昨日は読み聞かせをできなくて」


 お母さんが謝ります。ううんと麻衣は首を振りました。


「あのね。わたし、今日からは読み聞かせがなくてもねむれる気がするの」

「あら、どうして?」

「分かんないけど……。でも、なんだかゆめの中でわたし、すっごくつよくなれた気がするから」


 麻衣は照れくさくなって笑いました。本当に何となく、そんな気がしたのでした。

 それから朝ご飯を食べて、登園準備に取り掛かりました。

 早朝の秋空に鼻唄が高く響きます。

 髪留めについた青色の宝石が、朝日を照り返して輝きました。



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