エキシビジョン作品(【Ex- ○○○】の数字が関連作の番号です。)

【Ex-春025】春の夜の夢




 ……あんた、カメラマンさんかい。

 どこから来たんだね。

 そんな不用心な格好で出歩くもんじゃない。ずいぶん片付いたとはいえ、まだ街の中は瓦礫の山だ。飛び回る軍用機やヘリを見たろう。復旧支援で入ってるトラックの渋滞を見たろう。このあいだもビルが崩れて、中で作業してた連中が下敷きになって死んじまった。命を粗末にしたくないなら、迂闊に出歩くのは御法度だ。

 焼け落ちた街の写真を撮りに来た?

 そりゃ、そうだろうな。世界中がここの惨状を知りたがってるだろう。

 役場のあたりは一足先に復旧が進んでる。救援物資を届けに来るヘリの拠点になってるんだ。先に来たテレビ局やら新聞社やらの連中も、あそこに行けば見つかるだろう。悪いけど街の案内は連中に頼んでくれ。おれたちはそれどころじゃないのでね。


 なに、写真を見ろって?

 忙しいと言ってるのに分かんねぇやつだな。

 ほかの暇そうな連中を当たってくれ。

 話が聞きたいだと? おれじゃなきゃ頼めないって? そんなことがあるもんか。誰に斡旋を受けたんだ。役場で炊き出しに並んでた連中だと? あいつら、余計な手間を押し付けやがって……。


 ……よく撮れてるな。

 国道沿いの公園のあたりか。

 なんで分かるかって? このあたりの住人だったからだよ。奥のほうに鉄塔が映ってるだろう。傾いちまってるが、もとは携帯電話用の通信塔でな。鉄塔の立ってる丘のふもとに、おれの家はあったんだ。もう跡形もないがな。

 真ん中に映ってるのはアオイちゃんか。

 可哀想にな。爪も剥がして真っ黒になってやがる……。

 ああ、いや、こっちの話だ。聞かないでくれ。


 なに?

 知りたいのはこの娘っ子のことだと?

 やめとけ。よそもんが首を突っ込んでもいい話じゃねぇ。おれも少しは事情を知ってるが……。ともかく、どうしても知りたいなら他を当たれ。

 全員に断られた?

 当たり前だ。

 知っていたって簡単に話せるもんか。

 あんた、カメラマンなんだろう。撮った写真はどこぞのメディアに売り捌いて、そんで食い扶持を稼いでるんだろう。そういう連中に不用意に話を広めてほしくないんだよ。あの子は可哀想な子なんだ。衆目に晒したくねぇんだ。この街の連中はみんな、同じようにあの子を想ってるはずだ。


 ……何があっても話さないと誓えるか?

 お涙頂戴の悲劇とか言って、新聞社に売り込んだりしねぇだろうな?

 あんたもしつこいやつだな。カメラマンの矜持だか何だか知らねぇが、そこまで気にかかるんなら教えてやる。おれが話したこと、他の連中には絶対に白状するんじゃねぇぞ。


 あの子はな、おれの家の近所に住んでた家族の娘なんだ。

 とうぜん今は廃墟だ。住めやしねぇ。あの一帯は文字通り壊滅しちまった。あの子は家族もろとも焼け出されて、役場近くの緊急避難シェルターに身を寄せてる。仮設住宅の設置が進み始めたのは最近のことでな。如何せん被害が絶えねぇもんで、プレハブひとつ建てるのも一苦労だったんだ。

 綺麗な写真だな。ずいぶん近くから撮ったんだろう。花冠をかぶっているのも鮮明に映ってやがる。ここまで近づいたんなら、この子の独り言も多少は聴こえたんじゃねぇか。たったひとりで、まるで見えないお化けと談笑してるみたいに。

 ……やっぱり聴こえてたか。

 だから気にかかったんだろう。

 あんたの耳がもう少し良けりゃ、話し相手の名前が「ミズキ」だってことも分かっただろうな。

 ミズキってのは、あの子の幼馴染なんだ。二人そろっておれのご近所さんだったわけだ。幼かった頃のことは今も思い出すよ。ずいぶん仲が良くてなぁ。アオイちゃんはミズキに少しばかり惚れてたんじゃねぇかな。ミズキのやつは人気者だったみたいだからな。いつも放課後になれば二人で遊んでいて、微笑ましかったもんだ。

 それも全部、あのわざわいが変えちまった。

 ミズキはアオイちゃんの目の前で死んだ。

 助け出すのがぎりぎりで間に合わなかったらしい。働きに出ていた父親以外、あの一家は全滅したんだ。

 アオイちゃんはショックで気が触れちまった。PTSDってやつだ。いまも日が暮れると解離ってのを発症して、夜通し泣きわめき続けるらしい。私も死ぬ、ミズキのところへ行くって叫ぶんだそうだ。

 要するにな、あの子も頭の中では理解してるんだよ。大事な幼馴染は死んじまって、もう二度と戻っては来ないんだって。

 それなのに昼間になると、あの子はああやって外へ出かけるらしい。外は危ないって家族が止めても聞かないんだ。ミズキと会う、一緒に遊んでくる、行かないとミズキが寂しがる……ってな。

 アオイちゃんの人格は文字通り解離して、昼間と夜中で切り替わるようになっちまった。昼間の方のアオイちゃんはまだ、ミズキが単なる行方不明なのだと信じてる。そんで、ミズキのまぼろしを見ながら一緒に遊び回るんだ。あの子がかぶっているハルジオンの花冠、よく見たか? 隅っこの方が赤く滲んでるんだよ。あの子はミズキが作ったんだと聞かないらしいが、あれは間違いなくアオイちゃん自身が作った代物だ。崩れ落ちた家の中からミズキを助け出そうとして爪を剥がしちまった、血まみれの指先でな……。


 あの子はもう、おれたちの手には負えねぇ。

 そっとしてやるしかないんだ。

 いつか、あの子は自分で真実を思い出すはずだ。それが現実と折り合いをつけるってことだ。おれだって親類を亡くした。この街の連中はみんな同じだ。春の夜の夢じゃねぇが、いつまでもはかない幻想に浸っているわけにはいかねぇんだ。

 あんたが心のある人なら、この街に横たわる現実を世界中に伝えてくれ。

 おれたちのことはいくらでも被写体にしていい。

 だが、あの子にだけは触れるな。ひとときの春眠から醒まさせるな。

 いまは時間が必要だ。誰もが願ってるんだ。踏まれても荒らされても立ち上がるハルジオンみたいに、死んだミズキや、そのほかの連中の分まで、あの子が強く生きていってくれることをな……。


 ……余計なことまで話しすぎたな。

 さ、話は終わりだ。もう帰ってくれ。

 もうじき夏が来る。

 春植えざれば秋実らず。復興はまだ、途に就いたばかりでな。



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