【秋018】月は白虎の背に乗りて
目が覚めると虎がいた。
「起きたか小娘」
しかも喋った。
それは紛れもなく大きな虎だった。
目を動かして虎を視る。白い虎だった。真っ白な下地に、うっすらと光る銀色の墨を流したような模様が張り巡らされている。頭は両手で抱えきれないほど大きく、それを支える胴体もまたがっしりと太く、それでいて猫科特有のしなやかさも兼ね備えていた。美しさと迫力に気圧される。
いや、でも。特にこちらを威嚇するわけでもない虎に、だんだんと思考が冷静になってきた。
そもそも、なんでこんな大きな虎が目の前にいるんだろう。
あたしはいつものように図書室の隅でお昼寝していただけなのに。そう、今日もいつものように中学校に登校して、授業を受けて、お昼ご飯を食べて、眠くなったから本の貸し借りも兼ねて図書室に来て、書架の間に身を隠すようにしてお昼寝していたはずだった。
でも今いるここは、明らかに外だ。周りには、なめらかな大岩が多く並んでいる。あたしはその一つに背もたれて虎と向き合っている。虎は岩の間に狭そうに体を這わせていた。
時おり、ひんやりとした風が制服から出る手足を撫でていく。岩と岩の隙間からススキのような植物が生えていて、足元には赤や黄色の葉っぱが重なっていた。
白い虎が口を開いた。
「小娘、名はなんという」
口元からちらりと紅い舌と鋭い牙が覗く。
喋っているのはやっぱり虎でした。
答えなければどうなるか分からない、そんな圧がありました。
「つ……
本名の
自作小説の
「そうか、やはりそなたが”ツキノミコ”であったか」
「え……?」
「
「はあ……?」
こちらの返事はどうでもよいのか、虎は一人いや一匹で納得したようにうんうんと頷く。虎の顔を覆う白い毛がふわりと揺れた。
虎がこちらを見る。
「では、参ろうか」
「マイろ……? ド……ドコへデスか?」
怯むあたしを気にもかけず、虎はあたしの制服の背中のあたりを加えて器用に自分の背中に放り投げた。
「ひゃっ! ええええ!?」
「しっかり掴まっていろ」
そのまま虎は走り出した。
―――
虎の背中は案外乗り心地がよかった。
「じゃあお前は
「うん、寝て起きたらここだったもん」
「そうか。こっちも
白い虎は「ニシノモリ」と名乗った。
あたしが召喚されたこの国の、西側にある島の守り神なんだそうだ。
この国には中央に一つとそれを囲むように東西南北に各一つ、計五つの島があって、真ん中の島に国全体を治める「
ニシノモリが、あたしを背中に乗せて走りながら教えてくれた。
「少し前に北の島に他の国の軍勢が押し寄せてな、
少し言い難そうにニシノモリが言う。
「あやつは守りは固いんだが、軍勢を退けるほど強くなくてな……」
「援軍は出さかったの?」
「自分が任された島一つ守れず何が守り神よ」
それはつまり。
「見捨てたの?」
「見捨ててはおらぬ!! 今から救いに行くのだ!!」
虎は走りながら吠えた。
「……今から?」
「そうだ今からだ」
あたしも戦いに巻き込まれるの?
さっきまでお昼寝していただけの女子中学生が??
でも、もうツキノミコじゃないと言い張れる雰囲気でもなくて。
「えっと、今からニシノモリの軍のところに向かうってこと?」
恐る恐る確認する。
「軍などおらぬ! あんな
「えええ……」
何故か戦力に数えられてる!?
ただの女子中学生なのに!!
北の守り神を封印するほど強い人達がこの先にいるんだよね?
無理無理無理!! 絶対無理!!!!
どうしようこれ……。
「この橋が西の島と北の島の境界線だ」
大きな橋を渡りながら白い虎が言う。
「ここを渡りきれば北守のところまではすぐだ」
虎の背中から橋を見下ろす。
乗り心地は良いのに、とんでもなく速かった。
ここから飛び降りたら確実に死んじゃう。
今飛び降りて確実に死ぬか、虎の強さにかけて戦場の死線をかいくぐるか。
――迷うまでもなかった。
「わかった。あたしの命預けるからね、ニシノモリ」
「もちろんだ!!」
虎が吠え、橋を渡り切る。
真っ白な大地にはチラチラと雪が降っていた。
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