【秋009】紅蓮華

 肌を少し冷やす風。

 視界を覆うほどの一面の落ち葉。

 今年もまた忘れられない季節がやってきた。

 温暖化で秋を感じられなくなったと語る人は多いが、そんな事はない。

 秋は確実に、この世界に息づいている。

 だからこそ、私はこうして忘れえぬ傷が疼き、気鬱に満ちた記憶と、あの燃えるような紅蓮を思い出してしまうのだ。

 紅蓮……。

 そう、あれはまさに燃え盛る紅蓮の華のようだった。




 二十年以上前、大学生の時分、私は軽薄で性欲に支配される事に何の疑問も抱かず、性交に至った女の数を勲章としか思っていない、そんな何処にでもいる男だった。

 幸いと言うべきか私はある程度の外見と家柄に恵まれ、女性を口説く事に苦労した記憶は無かった。

 私は確かに軽薄ではあったが、当時性交した女性たちも私と付き合うのを自慢話にしていたようだから、お互い様ではあっただろう。

 しかし、どれほど刺激に満ちた生活ですら日常と化すように、当時の私も普通の女と付き合う事を飽き出していた。

 簡単に言えば友人の女にも食指を動かすようになったのだ。

 友人に隠れ、罪悪感に気が引けながらも性交を重ねていく。

 それは当時の私にはとても刺激的だったのだ。言い訳のしようもない。端的に言って最低な男であったと思う。

 更に私が夢中になったのは屋外での性交だった。

 友人の女と誰かに見つかりそうな状態で性交する。その二重の背徳感と危機感が私の快感を二重にも三重にもした。

 例に漏れず大学の近くには小さな山があったから、野外性交の場所に困る事もなかった。

 そんな爛れた日常を送っていた頃だ。私があの紅蓮の華と出会ったのは。




 もう名前も思い出せない友人と付き合っていた女を連れ、私はいつもの如く大学近くの山中に向かっていた。

 抵抗を見せる素振りをしながらも、その女が微笑みを見せていた事を少しだけ記憶している。彼女もかなり好き物であったのだろう。

 楢の樹の落ち葉が増え始めた秋の初めの夕暮れの山麓。別に自然や樹や山麓に興味があるわけではない。

 誰かに見つかるかもしれない場所で、誰にも知られてはいけない相手と性交する。単純にそれだけが目的の私は落ち葉の上に彼女を押し倒した。

 押し倒す際に地面に付いた手のひらに軽い違和感はあったが、いつもの事と気にしてもいなかった。山麓なのだ。小さな虫でも潰してしまったのだろう。そんな事を気にしていては野外性交を楽しめない。それほどまでに興奮していたとも言えるだろう。

 私は彼女と唇を重ねるのもそこそこにジーンズを下ろし、自分のものを取り出そうと触れた瞬間、唐突な痛みを感じた。

 彼女が何かしたわけではない。彼女が付き合っていた男に後ろから刺されたとかでもない。

 ただひたすら自らの陰茎に感じる鈍い痛み。

 視線を向けると軽い炎症を起こしているようだった。いや、軽いのは今だけだとすぐに理解した。痛みはどんどん増していくし、炎症も広がっていっているように見えた。

 何があった? 全く心当たりのない私は一瞬誰かの呪いまで疑ったが、そうでない事はすぐに分かった。

 私は視界の中に見つけてしまったのだ。

 彼女を押し倒す際、右手で潰してしまった赤い物体……、紅蓮の華を。

 そこから先はひたすら悶絶していた事しか記憶していない。




 いやあ、我ながら酷い回想だった。

 そこから先は語るに及ばず、混乱した彼女が救急車を呼んで、医者に叱られ、友人には殴られ、女たちには愛想を尽かされ、家族からも見放されてバイト三昧の生活になり、普段の行いの大事さを痛感させられた。

 調子に乗っている時はともかく、弱った時にこそ普段の行いが問われる。それを大学生の頃に理解できた私は逆に運が良かったのかもしれない。あのままの生活を続けていたら遅かれ早かれ何らかの破滅を迎えていただろう。

 それを忘れないため、私は秋になる度に苦い思い出の溢れる大学近くの山を今でも訪れるのだ。

 視線を落として少し探してみたが、あの時の紅蓮の華は見つからなかった。そうそう見つかるものではないからそれでよかった。

 あの紅蓮の華……、カエンタケに関してはあれから何度も調べてみた。

 色は真紅。初夏から秋にかけてコナラなどの根元に発生する十センチほどのキノコ。致死量は僅か三グラムで、触るだけでも炎症を引き起こす。

 いや、触るだけで炎症を起こすかどうかは未だ調査中のようだが、少なくとも私は炎症を起こした。おそらく手のひらで潰してしまった事が影響しているのだろう。

 私の陰茎には未だにカエンタケでの炎症の痕が残っている。これも一つの教訓だろう。

 若者たちよ、一つだけ愚かな私に警鐘を鳴らさせてほしい。



 野外プレイ、ダメ、ゼッタイ!

 山は未だ謎に満ちていて、どんな危険が潜んでいるか分からない!

 いや、マジで!

 おじさんみたいになるんじゃないぞ!

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