【秋012】月影の退魔師
『今夜は中秋の名月です』
ある朝テレビを見ていると、そんな明るいニュースの後で、こう聞こえてきた。
『F市において大量発生している
F市というのは、私の妹が住むまちだ。私は思わず立ち上がり、部屋を飛び出した。
「F市に住んでいる妹を助けに行きたいんです。どうかお力を貸してはいただけないでしょうか。こ、これ……お金は払いますので」
首を縦に振ってくれる退魔師の人を探し、7軒目にして現金を見せた瞬間目の前が暗くなった。
「わっ」と言っているうちに体が引きずられていく。
次に視界がひらけたときには、私は椅子に縛り付けられ、目の前には先ほどまで話をしていた飛田という業者の人が立っていた。
「ごめんね、手荒な真似して」と飛田さんが言った。
「君が持ってるお金さ、それ、うちに寄付してくれない?」
嫌です、と私は当然答える。飛田さんはバッグごと私から取り上げた。私は「ちょっ、泥棒!」と叫んだが、向こうは「ダメだよ、現ナマ見せびらかしちゃ」と涼しい顔だ。
「お金が欲しいなら私の依頼を受けてくださいよ!?」
「それは無理。今F市に近づくような馬鹿いないでしょ。命は大事にしないと」
言いながら飛田さんは左手を上げた。
何か、黒い靄のようなものが集まってくる。それは四つ足の生き物の姿を取り、キーンと鳴いた。
「こいつに喰われるかそこの窓から飛び降りて逃げるか、選ばせてあげる」と、私の縄をほどく。
「逃げるって言ったって」と私は窓の外を見た。地面まで何メートルかわからないが、ここから落ちて無事で済むはずはない。
飛田さんが部屋から出て行く。鍵のかかる音がした。
どうやら絶体絶命のようである。どうしてこんなことになったのか。
私は妹を助けに行かなければならないのに。
顔を上げると、妖が音もなくにじり寄ってくるところだった。
「無理!」と言いながら転がった。腰が抜けてしまい、這って移動する。
「助けて、だれか」
もう窓から飛び降りた方がマシかもしれないと思いながら窓辺に寄っていく。
大きくて丸い月の――――ふと、その光が翳った。
「もしかして、俺のこと呼びましたぁ?」
噎せ返りそうな煙草の香り。黒い革の手袋で窓枠を掴み、今にも部屋に入ってこようとしているその男性は、腰にどう見ても刀にしか見えないものを差している。
「だれ……!?」
「俺? 里見」
「いや名前とかじゃなく……どうやってここに?」
「壁登ってきた。声が聞こえたから」
よいしょ、と言いながら部屋に入ってきて、その人は部屋を見渡した。
あれこれ言っている場合ではない。私はもうこの人に何とかしてもらう他ないと思い、必死に「あの、妖が……」と言いかける。
その時には彼はただ静かに刀を抜いて――――そして、納めていた。
妖の首が飛んでいる。
呆気に取られている私を尻目に、里見という人はドアをガチャガチャやり始めていた。
「君はさ、飛田となんか因縁でもあんの?」
「いえ……仕事を依頼しようとしたらお金だけ取られたところです」
「仕事ってのは?」
「F市に妹がいて、どうしても退魔師の方を連れて助けに行きたくて」
「その件、うってつけのやつを紹介してやろうか」
「いいんですか!?」
ドアから手を離した里見さんが、にっと笑って「俺」と指さす。私はぽかんとして、思わずもう一度「いいんですか!?」と叫んでしまった。
「君さえよければ」
「も、もう誰でもいいです! 嘘! あなたがいいです! 誰だか知らないけどあなたがいいです!!」
「じゃあよろしく。俺は
「
彼は「ちょっと離れててね」と言いながら私が縛り付けられていたパイプ椅子を持ち上げる。それから私が何か言う前に、それでドアのすりガラスを粉砕した。
もはや何も言えなくなっている私を置いて、里見さんがそこから腕を伸ばしてドアの鍵を回す。
「おい、何の騒ぎだ! ……げっ」
走ってきた飛田さんが、里見さんを見て「里見の旦那ァ……」と顔を引きつらせる。
私は里見さんの後ろから「お金返してくださいよ!」と訴えた。「金? 知らないなァ」と飛田さんがすっとぼける。
腕を組んだ里見さんが、「ねえ穂乃花ちゃん」と口を開いた。
「さっきの話だけど、俺を雇う金ってもしかしてこいつが持ってたりする?」
私は頷く。だってさ、と里見さんは目を細めて言った。
「飛田……お前は、俺の金に手を出すつもりか?」
無事に戻ってきたバッグを抱き、私は里見さんの後ろを歩く。彼の家らしき場所に連れてこられていた。
里見さんはガレージのシャッターを開けて、車に近づく。助手席のドアを開けてどうぞと促された。
「あの、これ」と取り戻してもらったお金をそのまま里見さんに渡そうとしたが、里見さんは「いらないよ」とちょっと肩をすくめた。
「この国の退魔師は討伐数で補助金が出ることになってる。個人から依頼を受けたとしても、その支払いは国がする」
「……本当に、依頼を受けてくださるんですか。今F市に向かうのは自殺行為だって聞きました。私、あなたに何かあったら責任が取れません」
「そんなの気にしなくていいよ。たとえ死んでも仕事のうちだ」
私は驚いてしまって、何も言えないでいた。車内でしばらく沈黙が続き、やがて私は何とか口を開く。
「お願いしておいてなんですけど……あくまで仕事の範囲で、私たちを助けてほしいです。あなたが危険だと感じたら……私たちのことなんて気にせず、逃げていいので」
里見さんがちょっと苦笑して「オーケイ、優しいお嬢さん」と言いながら前を向く。
車のエンジンをかけながら「まあ、でも……本当に気にするなよ」と瞬きをした。
「ちなみにF市の方って何か美味いもんある?」
「今の時期だと、秋刀魚でしょうか」
「それは楽しみだな」
里見さんがシフトレバーを動かす。
突然圧力を感じ、車のシートに押さえつけられるような感覚があった。里見さんがアクセルを踏み込んでいる。
「俺、ドライブだーいすき!」
「里見さん!? 里見さん里見さん里見さん! 死にます! たどり着く前に死にます!」
私はシートベルトを必死に握りしめ、悲鳴を上げた。里見さんは上機嫌で飛ばしている。今日一日で一番死ぬかと思った。
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