前日譚1.1話

「カナよ。先日の祈祷の件で、王から苦情がきた。祈祷をさせたはずの土地で魔物が現れたが、聖女は何をしておったのだ、とな」

「ええ? そんなはずは。……あの地は魔が騒いではおりませんでした。以前にセタ兄様が祈祷を済ませていたので当然なのですが、僕も念のために鎮めておきました。それなのに……」


 カナの言葉を、セタが手で制する。


「わかっている。だが肝心なのは事実ではなく、王がそのように文句をつけているということだ」

「……はい」

「王がそうだと言えば、それが真実となる。奴がいかに愚かしい豚であろうともな」


 吐き捨てるような暴言とともに、セタが苛立たしい表情をみせる。


「王が文句をつけたのは、ピエール宰相が糸を引いているからだ。俺が少しのあいだ留守にしていたのは、その宰相に呼び出されたせいでもある」

「……何か無理難題を押し付けられたのですか?」


「似たようなものだ。奴は、宰相――ピエール・ド・ギール主催のパーティーに招待する、と抜かしていたよ。俺と、ロロ、そして聖女であるお前もだ」

「……ええ? 僕やロロもですか? いえ、お話はわかりましたけど」


「こういう場に出したことはなかったが、お前も我が伯爵家の重要人物だ。俺の兄妹ということは隠しているが、各地で魔物どもを鎮めて回っていたのだから聖女として知名度は高い。他にもゲストで呼ばれた吟遊詩人や聖職者なども参加するのだから呼ばれることに不思議はないがな」


「世間では過大評価なのですね、僕。……あまりお役に立てていないのに」


 聖女などと呼ばれてはいるが、実際やっているのは大したことではない、とカナは考えていた。

 聖女としての仕事は多くないし、その役目もクラブ本家に伝わる儀式を行ったり現地の人の不安を安らげるように話す程度のこと。

 たまに例外もあるがそれだって難しいことはないのだ。


「フフ。……お前の評価は置くとしてだ。要するに宰相は自分たちの味方になれと、服従しろと迫っているのだ。アリエーナ伯爵領を治める我らクラブ一族は、千年近くも前からこの地に根付いてきた古き家系だ。敵に回る前に抑え込んでおきたいのだろうよ」


 セタがそう言って、やれやれと両手を広げる。

 カナ自身は政治的な話に詳しくないのだが、兄が難しい立場に置かれているということは理解できた。

 自身が参加することで何かの助けになれば、と頭を切り替える。


「……なるほど、事情はわかりました。それで僕たちはパーティーで何をすればいいのでしょうか?」

「何、簡単な話だ。従うのならば王を引き立てろ、というのが宰相のオーダーでな」


 褒めちぎっておけばいいのだろうか、と軽く考えていたカナに予想外の言葉が投げかけられた。


「カナよ。やり方は任せる。望み通り、王を引き立たせてやれ。しかし、ただ褒めるだけならばいくらでも卑屈な取り巻きがいるのだから引き立ちはしない。演出にもサプライズが必要というわけだ。……なに、所詮は王を名乗るだけの豚だ。適当にあしらってやればそれでいい」


 まるで悪役であるかのように、セタが口元を歪めて面白そうに笑う。

 そんな敬愛する兄の命を、カナは膝をついて受け入れた。

 どうしよう、どうすればいいのだろう、と悩みながら。

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