19.1話

 投げられた槍の狙いは、――馬。


 自身が狙われると想定していたジョルジュ将軍の反応が一瞬遅れ、打ち落とすことに失敗した一本の槍が馬の脚を貫いた。

 もっとも、この槍を投げた者は、力むあまりにすっぽぬけたことで狙いがそれて、それが馬の後ろ脚へと命中したのだが。


 悲鳴をあげて倒れる馬から器用に飛び降り、フルプレートのジョルジュ将軍が一回転して着地する。


「……なんと、馬を失ってしまったぞ。子供と侮ったのは私のほうであったか」


 驚いたような口ぶりで、それでもジョルジュ将軍は余裕を崩さない。


「遊んでもらいたがっているようだが、先を急ぐのだよ」


 馬を失ったあげくに囲まれて、劣勢であるはずのジョルジュ将軍は微笑んだまま。

 そんな様子に違和感を覚えるが、それでもマルキアスは号令を発する。


「一斉に、かかれッ!」

「……困ったものだ」


 ジョルジュ将軍は首を振り、静かに馬上槍を構えた。

 襲い来る少年たちにも動じず――。


「ヌァァッ!」


 叫びとともにジョルジュ将軍が跳躍する。

 木々を足場に跳ね回り、剣の2倍の長さはあろうかという馬上槍を横なぎに振るった。


「ぐ、うわぁぁぁぁ!?」


 少年たちが吹き飛んだ。

 たった一振りで周囲から襲い掛かった5人を全て薙ぎ払い、息を吐く。


「フゥゥゥゥ……」

「なっ……? なんだ、あの動きは?」


 およそ騎士の戦いぶりとはかけ離れた、異様な動き。

 貴族として、ある意味ではお行儀のいい戦い方を学んできたマルキアスが驚愕したのも無理はない。

 何しろフルプレートを着たまま、長大なランスを持ち木々を飛び跳ねるという、人間技とは思えない光景を目の当たりにしたのだから。


 少しだけ後方にいたマルキアスだけは無事だったが、逆上したように目前の敵に向かって駆けだす。


「くそ、よくも!」


 勢いよく突進しながらもマルキアスだが、感情に任せたかにみえて勝ちの算段があっての行動であった。

 距離を詰めたことでランスによる刺突は封じたし、近接してしまえば剣をもつ自分が有利。

 気を付けるべきは先ほどの打撃武器のように扱う力技だけだ、と。


「ここまで詰めればっ!」


 勝ち誇ったように口元をゆがめたマルキアス。

 危機にありながら、自身の都合のいいように考えてしまったのだが、すぐに現実を思い知らされることになった。

 ジョルジュ将軍のランスが、マルキアスの想像を遥かに上回る速さと力強さで横なぎに叩きつけられる。

 マルキアスは、回転しながら木に叩きつけられ、血反吐を吐いてずり落ちた。


 残念ながら、ささいな戦い方の変化ごときで覆せるような差ではなかったのだ。


「――が、はっ」


 そのまま倒れていたくなる苦痛に耐えながら、マルキアスが立ち上がる。


「負け、……られるか! こんな、ところで……っ!」

「骨が折れたであろうに、まだ立つか」


 再び振るわれるランスを、かろうじて剣を盾にして衝撃を和らげる。

 それでもオーガの如き力で振るわれたその一撃はマルキアスを吹き飛ばした。


「ぐぼぁ……っ」


 意識は朦朧もうろうとし、身体は休みを欲している。

 しかし、マルキアスの心がそれを許さなかった。


「……そのまま、寝ていた方がいい。無理をするな」


 優しげな言葉とともに、マルキアスの腹部に篭手の一撃が突き刺さる。

 鋼鉄に覆われた悶絶の拳。

 血を吐きのたうち回りながら、それでもマルキアスは再び立ち上がり、敵をにらみつける。


「……はぁ……はぁ。……負け、るか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る