19.2話

「――何のために戦う、少年。お前はそんなになってまで、何がしたくて戦っているのだ」

「……何の、ため?」


「金か、女か、地位か、あるいはただ生きるためか。人には戦いに身を投じるワケがあるものだ。そして、それが何のためにせよ、死しては果たせまい」


「……」


「お前はもう戦える身体ではあるまい。勝てない相手に挑むのは勇敢なのではなく、蛮勇だ。そこに転がる子供らならば殺しはしない。友のために戦うのならば大人しく寝ておけ」


 痛ましいという顔で、ジョルジュ将軍が目を細めた。

 彼とてむやみに子供を殺したいわけではない。

 本来の目的は逆転のために本陣に奇襲をかけることであって、相手にもならない子供を殺害することではないのだ。

 その言葉の意味をマルキアスも理解する。


「……確かに、己の実力を過信したミスだろう。それでもな。……俺の、意地がかかっている」


「くだらん。そんなにも、死にたいか。死に急ぐか」


「……ここで、くじけてなど、……いられない!」


 マルキアスの脳裏によみがえったのは、己の誓い。

 ガルフリート王国の西の隣国、祖国フルンベールが滅ぼされたときのこと。

 父であるコルランディ伯爵の、家族を見捨てた挙句に命乞いをして死んだ無様な姿。

 焼け落ちていく館からその場にいた子供たちを率いて離脱し、かろうじて生き延びたマルキアスはオーリエールと出会い拾われたのであった。


 残された子供たち――友人であった貴族の子弟らの前でマルキアスは誓う。

 みすぼらしく底辺を這いずり回ろうとも、いつの日か再興を果たしてやろうと。

 そして、何があろうと決して、――父のように、親しき者を見捨て逃げ出すようなクズにはならないと。


 窮地を救ってもらい、生きるための道を示してくれたのは、オーリエール傭兵団なのである。

 恩人であり、仲間でもある彼らを見捨てて生き延びることなど、選ぶわけにはいかないのだ。


「そうか。――死にたければ前に出よ、少年」


 腰を落とし、腕と脚が大きく下がる。

 突き刺すための構えをとり、ジョルジュ将軍が気炎を上げて口を開いた。


「――俺は、屈しない! 逃げない! あの父のようにはならない! 行かせるかぁ!」


 目前の死の化身を前に、それでも誇り高きマルキアスは渾身から叫ぶ。


「そんな、つまらん意地だから死ぬのだ! お前はッ!」


 そうしたマルキアスの誇りに、ジョルジュ将軍は怒り咆えた。

 純粋であるからこその頑なさに、心のかせである呪縛に。

 そして何より、強い意志と才を感じさせる子供を殺さねばならぬことに、怒りを感じずにはいられなかった。

 ――閃光のような刺突。

 鋭きランスの先端が、マルキアスを捉え刺さろうというとき。


 ――先端が、ピタリと止まった。

 小さな衝撃とともに高い金属音が響く。


「――むぅ!?」


 棒が。

 マルキアスの背後から、棒が伸びて、力のすべてを中和するように受け止めている。

 

 それは杖。

 シャランシャランと鐘のような音を鳴らす、奇妙な紋様の錫杖。


「危ない危ない。もう少しでせっかくのお友達が死んでしまうところでした。ふぅ」


 突如として現れた乱入者の錫杖が、鋭きランスの一撃を杖の先端で受けきったのだ。

 そのまま力を逸らそうと錫杖を動かしたところで、ランスが引かれ、ジョルジュ将軍も後ろに飛びのく。


 そこに現れたのは銀髪の少女。

 その身にまとうローブがたなびいて、ちらりと奇妙な服装が見え隠れしている。

 まるで、覆い隠している神秘を外へともらすかのように。

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