第10話 戦場の聖女様

 グイエン侯爵領ボルディガレの防衛拠点リボーヌ城。

 守りよりも利便性をとって街に近い平地に建てられた城だ。

 だが建築されたのが戦時中だったらしく、豪華さよりも実戦向きに作られていたり、川を挟んで守りに気を配っていたり、とそれなりには備えられた城である。


 そんなリボーヌ城からオーリエールらが帰還して、傭兵団の軍議が始まった。


「全員いるね? じゃ、仕事の話を伝えるよ。我々はガルフリート貴族であるグイエン侯に雇われた。敵もガルフリートの貴族どもだ、王国軍と名乗るだろうけど気にしなくていい。ま、よくある内輪もめのゴタゴタだよ。で、肝心の内容の方だが、侯爵閣下との話し合いによって基本的には籠城戦と決まった」


 オーリエールがそこまで言ったところで、手が上がった。

 腕を組みながら挙手をしたのはギリアンだ。


「グランマ、基本的にはというと?」

「籠城するのは侯爵閣下の軍だけで、ワタシらは野戦だからさ」


「俺たちだけに戦わせるっていうんですか!」


 別の方向から感情的な声があがる。

 貴族らしき恰好をした子供だ。

 似たような服装をしたものが他に数名、その子供の後ろにいるが、他の子供たちからは浮いて見える。

 カナにとっては、どれもはじめて見る顔であった。

 それに対し、壮年の男性――フレンツがその子供に答える。


「民のために、領主としては命を危険にさらすことはできないらしい。かといって籠城に徹して街が荒らされるのも領主として看過できないそうだ。まったく立派な領主サマだぜ。涙が出るなぁ」

「要するに、領主として税収を危険にさらすことはできない、という意味だな」


 大きな声ではなかったが、マイが皮肉交じりに漏らした言葉に子供たちがくすりと笑った。

 その空気を切り裂いたのが、先程の貴族らしき恰好の子供だ。


「自分は怯えて引き籠るなど、それでも貴族なんですか!」

「落ち着けー、マルキアス。気持ちはわかるが、ここで叫んでも意味はない。ここにゃあ当の侯爵閣下はいないからな」

「ぐっ……」


 マルキアスと呼ばれたその子供は、フレンツに諭されてと黙り込む。

 怒っていた意味がよくわからないが、怒り出すような事情があるのかもしれない。

 と、カナがのんびりした気分で視線を向ける。

 のんびりしすぎてカナの膝でぐっすり寝ているロロの髪を撫でながら、まったりと座っていた。


 そうした光景も、カナにとっては他人事で、周囲と比べて少し変わった色をみた程度のことだ。

 笑顔でマルキアスを見ていたら、視線に気づかれたようで睨まれたが。


 そこで、オーリエールの口が開かれた。


「ま、安心おし。籠城するのは一部だけで、外で戦う部隊もちゃんといるから。それにワタシらは遊軍として自由に動く権利はもらってある。ヤバかったらトンズラすりゃいいだけさ」


 気さくにそう言い放ったあとで、少し真面目な表情になって言葉を続ける。


「いいか、間違えるなよガキ共。ワタシらは金を稼ぎに来ただけだ。戦争の勝ち負けなんぞワタシらは知ったこっちゃない。一番大切なことは、生き残ることだよ。自分も、仲間も、仲良く生き残ってりゃそれで勝ちなのさね。傭兵ってのはそういうもんだよ、忘れないようにねえ」

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