前日譚4話 そして聖女は旅にでる

 パーティーのあと早々にリルデのアリエーナ伯爵邸へと帰還したカナは、兄の執務室へと呼び出された。

 任務をしくじったあげく、盛大にやらかしたカナは、兄に多大な迷惑をかけたことに後悔する。


「そう、しょげた顔をするな。好きにやれと言っただろう。確かに暴走した発言だったが、王の求心力が低下するきっかけになり、結果としては俺のアシストにもなった。伯爵である俺が言い出すわけにもいかん内容だしな。……とはいえ、お前が許されるわけもあるまいが」


 セタは笑顔をみせながらカナに語りかける。


「それゆえに。あの豚からくだらん命令が来る前に追放処分とする。わかったらさっさと出ていけ。お前がこの地にいては今後の邪魔になる」

「……セタ兄様。ご温情、感謝いたします」


 やらかしたことを考えれば本来ならば死罪であっても不思議はないのだが、追放で済ませてもらえるのは兄の優しさと言えよう。

 少なくとも、カナはそう理解した。

 そこへ、横で待機していたロロがほんの少しだけ柔らかく微笑んで、カナの隣へと歩み寄る。


「カナ姉様、ロロも一緒しますよ。お寂しいでしょう。かわいい妹を愛でるのです」

「え? だ、だめだよ。僕は追放されるのだから、ロロはここで安全に暮らして……」


 うろたえながらもそれに反対するカナであったが、ロロは構わずにちょこんと隣に並び、カナを見上げている。


「ついでに、そこの堕落した愚妹も連れていけ。散々あの豚を罵ったのだから残れるはずもあるまい。それとも、妹ひとりも守ってやれぬというのか?」


 カナが残れないのだから、一緒になって凄まじい侮辱をしていたロロも同じく追放になるのは当然の流れだ。

 そのうえ己の原点を指摘されては反対するすべもなく――。

 カナは真剣な表情で、兄妹としての誓いを答える他なかった。


「――いいえ、いいえ。ロロはこの身に代えてでも守り通します」

「――馬鹿者。いいか、お前に命じるのは死ではなく、追放だ。勝手に死ぬことなど許さん」


 死をいとわぬと言うカナの言葉を、セタは叱りつける。


「そして、この俺からの最後の助言を心に刻め。――悪となれ。悪となって好きに生きろ。それがお前の救いとなる」


 それは解放の言葉だった。

 それは解禁の言葉だった。


 生まれてから常に言われるがままに生きていたカナにとって、はじめての自由であった。


 ――悪になれ、とは。

 すなわち、あらゆることから解き放たれ自由気ままに生きよ、ということ。


 はじまりの言葉にして別れの言葉。


「ありがとうございます。解き放っていただけまして。――さようなら、セタ兄様。どうか、お達者であられますよう」


 敬愛する兄との別れは寂しい。

 しかし、それ以上に抑えつけていた外への憧れが湧き出ている。


 ――かくして、聖女と呼ばれた御子、カナの旅がはじまった。

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