29.3話(第1章・完)

「で、重要な情報ってのは?」


「ひとつは、この地のゼナー教の統括者であるミッシェル枢機卿が関わっているということ。公平に申しまして、大変残念なことですがガルフリートの教会全体が信用しきれないものと考えて良いでしょう。全員が加担しているとも思えませんし、真実を知るものはごくわずかかと思います。しかし、知らずに利用されることは十分に考えられる。……例えば、私のように」


「そいつは説得力ある話だ」


 フレンツが合いの手を入れた。

 ひとつ頷いて、クリストハルトが話を続ける。


「もうひとつは、邪教がガルフリートの内戦に干渉し何かを企んでいると確定したことですね。その目的は不明ですが、少なくともカナさんが狙われていることだけは間違いありません。何か、心当たりは?」


 そう問われて、カナは首を傾げて考え込んだ。

 こういう時は、頭の中の同居人と整理するのが定番である。


『うーん、邪教と関わりなんてあったっけ? クラブ一族が何かされているわけでもなさそうだし、……クローゲン個人のほう?』


『知らんのう……。儂の生きた時代は魔王軍による大殺戮の地獄よ。宗教の違いがどうのと平和ボケした戯言をほざく奴はおらんかったぞ。敵であれば魔族も人も散々斬ったし喰らったが、サバスサバトとかいう連中とえにしを結んだ覚えはないな。大体、儂がお主の中に居るなど一族しか知らぬことぞ』


『となると、僕? ……まったく記憶にないよ』

『お主や儂が忘れるとは思えんからな』


 改めて考えてみてもやはり何も思い浮かばない。

 王や宰相から狙われるなら話はわかるのだが、それならば軍関係を動かすか、暗殺者を雇うだろう。

 ゼナー教布教を推し進めて王権神授を成そうとしているのに、邪教を表だって刺客に使うとは考えにくい。


「すみません、心当たりが一切ありません。関わった記憶もございません」

「そうですか。まあ、狙われる側に理由がないこともありえますからね。ともかく、お気を付けください」


 そこで首を傾げたマイがぽつりとこぼす。


「狙われる方に理由がなくて狙われるって、どんなのだ?」

「例えば、邪神に捧げる儀式のためであったり、聖女という存在が邪魔な場合などでしょうか。……単に気に食わないという可能性も、なくはないかもしれませんね」


「納得」


 動きもなくそう言って、マイが答えに満足する。


「ともかく、ある程度のことはわかったな。要は、怪しい連中が横やり入れてくる可能性を考慮することと、カナを守ればいいってことだ。他はいつも通り、傭兵の仕事をするだけだ。現状の情報じゃ、こんなとこだろう」


 一通りの話を総括して、フレンツがまとめた。

 結局のところ、大半は国や領主が宗教側といった別勢力のことであって、傭兵団はただ雇われて働くだけなのだ。

 降りかかる火の粉さえ払えればそれでいい。


 皆が頷いて解散の雰囲気がでたところで、イブが手を挙げた。


「先生、ジョルジュさんが寝てまーす」


 言われてそちらに注目が集まると、ジョルジュ将軍が腕を組みながら目をつむり、こっくりこっくりと船を漕いでいるではないか。

 その声に気付いたのか、あくびをして頭を少し振ってから居眠り将軍が弁明を始める。


「……すまんすまん、どうも政治やら宗教やらの難しい話は苦手でな。大体は聞いておったぞ、多分」


「何しに来たんだこの将軍さん……」

「それでよく将軍が務まりましたね……」


 マイやミルカからつっこまれ、笑いの声に包まれる。

 こうして比較的和やかな雰囲気で不思議な儀式は解散となった。

 ……もうひとり、本当に寝ている妹は起きもしなかったが。



 ロロをベッドに運び、ひとり目を閉じるカナ。

 頭の中にて相対するクロが、カナを見つめて口を開いた。


『少しばかりじゃが、敵が見えてきたのう。カナよ。愚かにも我らに立てついたのじゃ。舐められとるのう。ロロの奴にも手を出すやもしれん。されば――どうする』

『僕だけを狙うなら気にしないけれど、うん。――族滅、かな?』


 クロの問いに、カナは涼やかな声で答える。

 その言葉を聞いたクロは、優しげに微笑んだ。

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