第2章

第30話 傭兵団の休日~ボルディガレの春祭り~

 大陸歴996年5月初めの頃。

 リボーヌ城防衛戦においてグイエン侯爵が勝利し、どういうわけかカライス伯爵との同盟が成立した中――。

 ボルディガレの街では、戦勝の祭りによって活気に満ち溢れていた。

 名産品として有名なボルディガレのワインも振舞われ、急遽行われたにしては数多くの屋台が立ち並んでいる。


 これは丁度、五月の春祭りの時期と被っており、同時の祭りとなったからだ。

 普段よりも豪華となった春祭り、皆がおおいに楽しみはしゃいでいる。


 そしてもちろん、オーリエール傭兵団の面々もボルディガレの祭りを楽しんでいた。

 これには理由がある。


 まず、戦後に必要となるのは物資であり、それらを補充するのは当然のこと。

 オーリエール傭兵団の場合、輜重隊とも呼ばれる補給部隊が本隊とは別に動いているのだが、戦いが終わってまだ2日程度なので、合流には至っていない。


 この補給部隊は周辺の村や街などに訪れ、物資の調達をするほか、孤児を保護したり、子供の適性に合わせた訓練を行ったり、先に雇用先との接触を試みたりという、本隊のサポートを主としている。

 この補給部隊は役目によって別々に活動しており、その大部分はボルディガレ近郊にいるため、まずは合流をしようというわけだ。


 一般的な傭兵団では酒保商人と呼ばれるものたちがついてきて、この者らが兵站を請け負っているのだが……。

 その場合、当然といえば当然だが、あこぎな商人によって相当ぼったくられてしまう。


 逆に、村々をめぐり自前で買い付けを行うのであれば、余計な商人を通さずに済むうえに産地買い付けとなるので格安に仕入れることができるのだ。

 自前の補給部隊をかかえている理由としては、先にあげた役割とともに、この金銭面の話もあげられるだろう。


 つぎに、戦争終了後のご褒美のような意味合いもある。

 傭兵であろうが村人であろうが、適度な息抜きが必須なことは言うまでもない。


 そういうわけで、補給部隊との合流を待つあいだ、オーリエール傭兵団はしばしの休息を与えられているのであった。


「さーてさて。お祭りですよー、お祭りなんですともよー。どこに行く? 誰とやる? 自由なフリーダムを!」

「イブもハイテンションですねー」


 くるんくるんと周りながらあちこちを指さすイブ。

 イブとマイに祭りに行こうと誘われたことで、こうして四人一組の行動となっていた。

 カナもロロと街をぶらつく予定であったから、丁度良い誘いだったわけだ。


「どこに行くと言っても、私はこの街ははじめてだからな。適当に散策して気になったところに行けばいいんじゃないか?」


 と、イブに答えたのはマイだ。

 ちんまりしたシードワーフの少女は珍しく余所行きの服装になっている。


「カナ姉様はこちらに来られたことが?」

「うん。あまり詳しいことはわからないけどね」


 ロロはゆっくりと首を動かし辺りを見学しながらカナに話しかけた。

 カナの方も同じ方向を見ながら、ロロに答える。


「へえー、あの聖女活動みたいなやつで? 」

「ええ、その活動で。ほとんどは他の街に行く途中で一泊した程度ですけどね。ですので、宿周辺のことしかわかりません。わからない者同士、皆でぶらぶらするとしましょうか」


 イブにそう言って、カナは楽しそうに笑った。


 宿周辺しかわからないというのは、馬車で移動していれば泊まった宿から歩き出すわけで、カナからすればその周辺でなければはじめて来たも同然の場所となる。

 目的地以外では、宿泊自体も休憩がてらに一夜だけ。

 お土産の本や食料品などは出発までの時間に買いに行っていたが、街をぐるりと回れるほどの時間はないのだ。


 また、宿泊できる場所の方も限られている。

 馬車ごと泊まれる宿でなければ馬車を別の場所に置くしかないのだが、カナはともかく、同行するメイドからすればそれは容認できないものであった。

 メイドにとって、馬車も馬も伯爵家からの預かり物なわけで、盗まれたり、変に扱われて壊されたり、というケースも警戒しなくてはならない。

 となると、できうる限り馬宿を選ぶのは仕方のないことなのである。


「ワインの屋台ばかりでなく、チーズのお店も意外にみかけますね」


 街中を眺めていたロロは、気付いたことを口にした。

 広場では屋台が多く出店され、様々な食べ物が販売されている。

 ワインの街の祭りだけあって屋台でワインが販売されているのだが、食べ物の中でもやけにチーズを置いている店が目につく。


 そんなつぶやきに、イブが頷きながら答えた。


「ワインとチーズは仲良しフレンズだからねい」

「チーズは修道院で作られているのでしたっけ。御本にはそのように書いてありましたが」


 ロロがそう言うと、イブが考えるように指をあごに置きながら目をつむりだす。


「そこは物によって違う、ってのが実際のところにゃー。修道院が最初に作ったけど、村全体で作っていることもあるし、人気になって街で生産してるものもあるのですよ。……にゃー」

「いま語尾忘れたな」

「にゃー! 言うなぁ!」


 マイからつっこまれ、イブは顔を赤くする。

 ころころ口調を変えるからたまに間違えるのだろう。

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